閑話163・『二つの血が生んだ女の子、新しいグロリア、新しいキョウ』
おかしいな、湖畔の街に呼ばれたはずなのに誰もいない、つまりはキクタとキョウがいない、俺とあの二人の世界、それなのに誰もいなくて首を傾げる。
涼しげな青い湖面、その周りを囲むような小さな建物が幾つも並んでいる、風光明媚な街、自然と人工が仲良く調和している、しかし一人ぼっちだと途端に意味を失う。
呼ばれた気がしたのにな、これなら現実世界でグロリアとイチャイチャしてた方が楽しいよな、ズキズキっ、熱のある痛みでは無く冷たい痛み、脳味噌の中心から俺に何かを訴えかける。
おぇ、街路樹に背中を預けて軽く吐瀉をする、うぅ、何だコレ、何かが俺を見ている、キクタとキョウを呼んだ方が良いかな?まともな状況では無い、冷静になれ、誰かが俺を呼んだって事は誰かがここにいるはずだ。
何時までもキョウやキクタに甘えているわけには行かないし探索するか、どうせ俺の一部だろう?
「でも見られている」
この視線は知っている、視線を知っているってのも奇妙な話だが知っている、しかしそれが誰なのか思い出せない、頭痛は激しさを増すし体を見られる感覚も強くなる、まるで全身を舐めるように見詰められている。
変質者が少女を見詰めるような不気味な視線、全身に寒気が走る、うぅ、イボイボが、俺の一部にそんな変態っていたっけ?両目を抉られて喜ぶ錬金術師とかならいるけど変態では無いよな?うんうん、ササめ、愛い奴。
何処までも広がる蒼い空と入道雲、なのに涼しい……冷涼な夏の光景は何時もと同じ、それなのにこの視線は何だ?周囲を見渡すが巧妙に隠れているのか気配の出所さえわからない、何だかイライラする、俺なんて見て何が楽しいんだ?
「おーーーい!隠れているのはわかってるぜっ!大人しく出て来いよっ!」
隠れて見られるのは苦手だ、村でクスクス笑われていた記憶が過ぎる、あの頃からキョウは少しだけ外に出れるようになった、俺を苛めていた村長の息子をボコボコにしてくれたっけ、どんな王子様だよ、いや、どんなお姫様だよ。
声を張り上げても返事が無い、ゴシック、ルネッサンス、バロック、様々な様式が混ざり合った湖畔の街が何時もと違うように感じてしまう、ぶるるるる、体を震わせる、本当に怖くなって来た、げ、現実世界に戻ってグロリアに甘えよう。
ここは駄目だ、キョウやキクタがいないこの世界は不気味でしか無い。
「お、おーい」
「おやおや、急に威勢が無くなりましたね」
「ん?」
振り向く、あまり驚きは無い、キョウが出現を予告していたし俺も心の何処かで理解していた、俺と同じ姿だが細部が違う、癖っ毛はそのままだが細氷(さいひょう)のように日光を受けて強い銀色の光を放っている、艶やかさもあって氷晶(ひょうしょう)のように光を反射させて屈折させている。
とても綺麗で幻想的な髪の色、俺のように金糸が混ざっていない純粋な銀髪、まるでグロリアやクロリアのようだ、瞳の色は右は黒色、何となく慣れ親しんだ感じがある、左だけが青と緑の半々に溶け合ったトルマリンを思わせる色彩をしている。
ベールの下から覗く癖のある銀髪を片手で遊びながら彼女はもう片方の手で腰の辺りを弄る、胸の幅の肩から肩までの外側で着る独特の修道服は一切の穢れの無い純白、だけどニヤニヤと吊りあがった唇の端が意地の悪さを含んでいる事に気付く、知っている。
この笑い方は、最初に会った頃の、グロリア。
「ぐ、ろりあ」
「ええ、キョウさん」
「ちがう、おま、えは……キョウと同じ、同じじゃないっ!」
「そうですよォ、もう一人のキョウさんのように貴方に優しく無いかもしれませんね」
見た目が美少女なだけに僅かに漏れ出す精神の醜悪さが目立つ、見た目は俺とグロリアを掛け合わせたような姿をしている………純粋な銀髪である事と底意地の悪い笑み、出会った頃のグロリアを彷彿とさせる佇まい、腕を組みながら俺を見下ろしている。
見下ろしているのでは無くて見下している?俺の精神もグロリアに出会った頃に戻ったような感覚、こ、こいつも俺なのか?グロリアに躾けられた俺が生み出した三人目の俺、キョウのように産まれ落ちる瞬間みたいなのが無かったぜ?
ニヤニヤ、俺とグロリアを掛け合わせたようなそいつは意地の悪い笑みで俺の周囲をクルクル回る、グロキョウで決定したがキョウもいないしキョロリア、略してキョロ、しかし不躾な態度だな。
「キョウさんは私を知っているんですか?」
「入れ替わったろ、後でキョウに謝っとけよ、キスされたの怒ってたぞ」
「嫌です、謝る理由がありません」
キョトン、不思議そうに首を傾げるキョロ、その表情は能面のような笑顔、俺を値踏みしてた頃のグロリアだ。
俺はこいつに何を望んでいる?
「それよりもキョウさん、肉体も入れ替わって見ましょう、外の世界を知りたいです」
「ど、どうして」
「どうして?外の世界を知りたいと願うのは普通の事でしょう?キョウさんは他人に傷付けられるのが怖いチキンですからこのような避暑地でもずっと過ごしていられるでしょうけど」
「っ」
「甘い言葉を期待したいのならもう一人のキョウさんにどうぞ、貴方の弱さに付き合っている暇はありません」
駄目だ、こいつはきっと駄目だ、こいつは、俺とグロリアの危険な所だけをっ。
ヤバいっ。
「でも、貴方は欲しい、だって貴方は私の創造主なのだから、それって私の神様って事ですよね?」
神を求めるグロリア。
「ちゃんと貴方の望む私になりますから少々の我儘は聞いて貰いますよ」
グロリアの望む神になろうとする俺。
「だから早く外に出して下さい、きっと素敵な事が始まりますよ?」
その二つの危険性を内包した存在。
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