第215話・『お母様の歌、キョウに聞かせられるかな』

エルフモドキを捕食したのでエルフ食わなくて良くね?グロリアに提案したらそれでも食い溜めしときましょうと言われた。


うんうん、黙って頷く俺、お互いに右手に包帯を巻いて上げながら優しい時間が流れる、例の男の子にはざるを直して返して上げた。


直す際に使用した竹の種類や方法は全てグロリアが指示してくれたのだが俺の包帯姿を見て卒倒していた、そんなに驚く事では無いのに、何だか申し訳無い。


俺の綺麗な体に傷が出来るのが悲しい事らしい、でもこれはグロリアの為にあけた穴だから大丈夫、滲んだ血が包帯を赤く染めている、痛みを無視してファルシオンの柄を握る。


大丈夫では無いが大丈夫って事にしとこう、村を出て例のエルフの集落へと足を進める、海沿いの道は海風と海鳥の声で支配されている、風が頬を撫でて鳥の声が耳をくすぐる。


村では魚の加工品を買い込んだ、どれも塩漬けにしたモノやさらに干したモノだがサメやエイの切り身はそのままだ、数日はそのままで食べられるが臭いがキツイ、しかし文句は言っていられない。


サメやエイなどの軟骨魚類は塩漬けにしなくても日持ちする、物によっては無塩のまま刺身で食べられる、ニンニクやショウガを使えば臭いも少しはマシになる、悪い買い物では無かった……はず。


「包帯お揃いだ」


「かつての勇者が纏っていたマントを加工した聖骸布(せいがいふ)の一つです、魔除けの効果と魔力の底上げの効果があります」


「そんなモノを包帯にして良いのか?」


「キョウさんの血を吸えるんです、聖骸布も幸せでしょう、そうしなければ荷物の中で売れ残るだけです」


グロリアって色々なモノを持っているな、杉綾織の亜麻布だがその模様故に血の色が目立たないし徐々に傷口が修復しているのを感じる、痕は残るかな?フフっ、グロリアとお揃いの傷口を連想して笑みを深める。


しかし聖骸布って事は勇者の遺体を包み込んだって事だよな、なんだかコレからは懐かしい匂いがする、ずっと昔に嗅いだ事のある匂いだ、きく、た、考える力が徐々に失われてゼロへと戻る、えっと、何だっけ?


珍しい事にグロリアが鼻歌を口ずさんでいる、聞いた事の無い歌だ、何処か胸を打つような悲しいメロディー、これもまた懐かしい、懐かしい?虫食い状態の記憶が俺を嘲笑うように思考を奪う、何時だってそうだ。


俺はグロリアだけ覚えとけば大丈夫なんだ。


「不思議な歌だな」


「あら、キョウさんこの歌を知らないんですか?中央では割と一般的ですが」


青と緑の半々に溶け合ったトルマリンを思わせる美しい瞳が不思議そうに何度も瞬く、懐かしいと感じたのに聞いた事は無いと矛盾した感情を抱えている、ずっと昔に確かに聞いたはずなのにこの世界では聞いた事の無いような。


口では上手に言い表せない、グロリアを不安そうに見詰めると優しく微笑んでくれる、昔は邪悪な笑みばかり浮かべて俺をバカにしていたのに人間って変わるものだな、俺も変わってしまったのかな、性別、はは、バカなっ。


岸沿いの傾斜地にまるでへばりつくようにして真っ白な建物が密集している、あの村の穏やかさとは違って賑わいに満ちている、どうやら貴族の避暑地として有名らしいが俺達は用事ねーしな、ボンボンのバカ息子っぽい集団が頭を下げる。


「あんなバカそうな金持ちも頭下げるとはシスター万歳だな、手を振ってやろう、美少女の手振りに喜べ」


「手を振ると調子に乗りますよ、シスターの威光は利用出来るモノですから」


「へえ、どんな風に?」


「シスターに手を振られた事を自慢して異性の興味を引くとか、女の子はシスターに憧れている場合が多いですからね」


「んなっ!?手を振っちまったぞ、こ、こんなに可愛い俺を利用して他の女の子を誘うだなんて」


「………話を戻しますよ、先程の歌はルークレット神がこの世界に誕生した時に天上から響いたモノだと言われています」


「お、かあさまか」


「キョウさんは本当のソレを聞いた事があるかもしれませんね、地上のこれは所詮は紛い物です」


「そんな事無いよ、初めて聞いてこの歌がグロリアのモノで良かった」


「っ、もう」


「もうもう言うと牛になるぜ、グロリアが牛になったらかなりエロい」


「殴りますよ」


「グロリア、好きだよ」


「も、もぅ」


「やっぱり牛だ」


お母様の歌だったのか、子供の俺が聞いた事の無いっての何だか皮肉だな、海岸と住宅地の間にある細いスペースを海岸線に沿ってゆっくりと歩く、貴族様が頭を下げる様子がどうにも可笑しくてついつい手を振ってしまう。


か、完全に無視するグロリアこわっ、腕を組みながら当然って感じで歩いている、牛さんの癖に恐ろしい女だぜ、先程の歌を自分なりに口ずさんでみる、どうって事は無い、何となく歌いたくなっただけだ、どうしてかな?


「―――――――――――♪♪」


「あ」


「―――――――――――――――♪♪」


自然と零れたメロディーはやはり懐かしいもので、それが促すように俺の口を自然と動かす、ふぅ、暫くして歌い終わる、溜息。


すると喝采のような拍手が巻き起こり俺は体を大きく震わせる、え、え、建物の上から硬貨を投げる者や涙する者までいる、うぁぁああ、なにこれぇ。


「流石は親子ですね」


「え?え?」


意味がわからずに混乱する俺の頭をグロリアが優しく撫でるのだった。


硬貨痛いっ。

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