第214話・『血の味のする母乳』

渇きを訴えている、ここは何処だろう、少なくとも天国でも地獄でも無さそうだ。


神の裁きがソレを決めるのか?何もしない神、皆の胸の中にある神、キョウさんのご両親、全てが同じモノで全てがそこに集約している。


狭く明かりも無い地下室で咲いた一輪の健気な命を思い出す、ネズミに食い散らかされたソレを見て私は神の存在を確信した、それは私が生み出す神だ。


キョウさん、しかしどうしてだろう、神が欲しいのかキョウさんが欲しいのかわからなくなった、欲しい二つのモノが神のように一人に集約されている、しかし片方を手にしたら片方が消えてしまう。


キョウさんがいなくなる?それは絶望だ、しかし神がいなくなっても自分は何も失わない、実際にあの地下室で仕えるべき神を見限って裏切って失った、だったら私が本当に求めているのは?


「いたぁい、んふふ」


大好きな人の声がする、他人の脳味噌に勝手に侵入してシロップ漬けにするような魔性の声だ、さざ波の音に溶けるように響く甘い甘い声、幼い少年ならソレだけで悶絶するような性的な口調。


それはシスターである私にも通用する、この声は私のモノです、誰にも渡さない、年端の行かないような少年でも奪おうとするなら殺すしか無い、それは真理であり私の中の絶対だ、この人を外の世界に連れ出したのは私ですっ。


独占欲に舌が勝手に蠢く、この人は私のものだと声にしたい、声が出ない、喉が枯れている、唾液が何処かへと消えてしまった、そんな私の口元に熱い何かが流れ込んでくる、液体なら何でも良い、口を潤せるなら何だって良い。


口の中に広がる味、様々な土地に足を運んで様々な美味を口にして来た、だけどそのどれもこの味に劣る、天上の味、至福に体が震える、体が欲していた液体、きっと赤子が初めて口にする母乳とはこのような味なのだろう、ほのかに甘い。


「ぐろりあぁ、すきぃ」


天使の声だ、それが私に好意を伝えている、ああ、私も大好きですよ、貴方を見付けたあの日から既に私は貴方の虜だった、無自覚なままに一緒に旅をしてソレを自覚した、貴方は誰にも染まるし誰にも染まらない、矛盾を抱えた天使。


ずっと一人ぼっちで誰かと触れ合える日を望んでいるのに触れ合おうとしたらそれは淡く儚く消えてしまう、エルフライダーの特性、エルフライダーの習性、この世で一人ぼっちの生き物、私はそんな生き物を心の底から愛してしまった。


罪深い事なのだろうか、人を惑わし吸収して己をさらなる高みへと変化させる、だけどこの世界には過ぎた能力だ、現にエルフライダーを求める勢力も人間も数知れない、私が護ってあげないとすぐに死んじゃうかも、いや、今はかなり――。


だけどそれでもお姫様を護る王子様の役割を誰にも渡したくない、奪おうとする輩は皆殺しだ、キョウさん、名前を呟くだけで満たされた気持ちになる、ルークレットの中で厳格に育てられた過去が消えてゆく……私はキョウさんと出会って生を得た。


それまでの私は生きてすらいなかった、そんなキョウさんが私に素敵な飲み物を与えてくれる、もっともっと、口の中に大量に流れ込んだソレのせいで少し咽る、ああああ、勿体ないです、卑しい私。


「けほっ、あっ」


「えるふらいだーの、おれの、おれのち、のんでのんでのんでのんでのんで、のみほうだいだよぉおお、すてきなことだよね、のみほうだいって」


ち、血?意識が完全に覚醒する、瞼を開けるとそこにはキョウさんの姿、私は寝かされている?キョウさんを唖然と見詰める、金糸と銀糸に塗れた美しい髪、太陽の光を鮮やかに反射する二重色、黄金と白銀が夜空の星のように煌めいている。


豪華絢爛な着飾る必要も無い程に整った容姿、私と同じ顔なのにああキョウさんの顔だなと思える、瞳の色は右は黒色だがその奥に黄金の螺旋が幾重にも描かれている、黄金と漆黒、左だけが青と緑の半々に溶け合ったトルマリンを思わせる色彩をしている。


私と同じ色彩、だけどそんな所まで私と同じようにしなくて良いのですよ?右手に刺したナイフが軽快に上下に動く、血が落ちる、私の口に大量に落ちる、キョウさんは痛みで泣きそうな表情になっている、その犠牲を無駄にしないようにその味を堪能する。


「き、キョウさ、ん」


「起きた?おきた、おきた、呼び捨てにしてェ、そうしないとシスター・グロリアって呼んじゃうぞ?関係を戻しちゃうぞ」


脅される、キョウさんの瞳は何処か虚空を見詰めているような色合いなのにその頬はピンクに染まっている、現実感が無い、しかし遠回しに関係を以前に戻すと言われて私の頭は真っ白になる。


い、嫌だ、キョウさんは私のモノだ、違う、キョウは私のモノだ、私だけの女の子だ。


私の女だ。


「や、やぁ」


「だろう、だったら呼び捨てにして、俺がグロリアのモノだってわかるから」


「き、キョウ、どうして、こんな――――美味しい」


美味し過ぎる、私の彼女は本当に料理上手ですね、褒めたいのに言葉が浮かばない、キョウさんの血が私に吸収されている。


ああ。


あ。


「そう、飲んでグロリア、飲んでるグロリアが見たい」


「ん、美味しい、痛そうです」


傷口は深く貫通している、私と同じ傷口、そう、私のナイフを使ったんですね。


御揃いの包帯を巻きましょうね、何色が良いですかね?


「グロリアの為に穴をあけたんだ、女の子が捧げられる穴って限られてるから―――こうするしかないだろ」


可愛い事を口にする、キョウさんのその言葉に改めてこの人は私のモノなのだと実感する、そして私はこの人のモノ、お互いがお互いを所有している関係。


「キョウ、もっと」


初めて甘えられる存在を前にして私はミルクをおねだりする、赤くて甘くて血の味がする、血の味がするけどミルクです。


人工生物である私が初めて口にする母乳。


「御揃いだね、御揃いの穴が出来て嬉しいよグロリア」


「もっとォ」


私も嬉しいです、貴方が私に歩み寄ってくれて、同じ穴をあけてくれて。


もっと同じになりましょうね、グロリアかキョウかわからなくなるまで。

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