閑話159・『罪の重さは違うけど罪は重さでは無く罪はその色の濃さ』

キョウの瞳から感情と光が失われた途端にその愛らしい唇から紡がれたのは絶叫だった、アタシを手で突き飛ばして一瞬でベッドの隅へと移動する。


何も言えずに呆然とるアタシたち二人を血走った目で睨みながら奥歯をガタガタ鳴らせている、どう見てもまともな精神状態では無い、錯乱している。


左右の色合いが違う二つの瞳が涙を流しながらアタシたちを鋭く睨んでいる、ふーふーふ、呼吸音も獣のソレで人間から遠ざかっている、顔面は蒼白で血管の蠢きすら見える程だ。


その顔を見てアタシは一歩も動けなくなる、完全なる拒否、憎しみすら感じさせる、そしてそれ以上に感じるのは圧倒的な恐怖、アタシが感じているのでは無い、キョウがアタシたちに感じているのだ。


手負いの獣を連想させるような痛々しい姿、味方を見付けようと周囲を見渡すが自分一人しかいない事に気付いて絶望する、記憶の混濁状態がより深まり誰一人思い出せない状況下にある、魂がアタシ達を恐れている。


二人の幼馴染を敵視している、ふーふーふーふー、手を伸ばせばその白い歯で噛まれる事はバカでもわかる、どうしようも無い絶望、大好きで愛している存在に心の底から拒絶される、きっとあの日の感情がキョウの中にあるのだ。


「キョウ?」


「ふーふーふーふーっ!」


「だ、駄目ナー、人間性を失って感情が剥き出し状態ナー」


「うぅぅううううう!」


手当たり次第にそこら辺にあるモノを投げつけてくる、コントロールは無茶苦茶だがキョウの体を構築するのは大量の高位の魔物と神獣と人外、恐ろしい速度で飛来するソレが空気を焼いて火花を散らす。


避けた花瓶がまるでシャボン玉が消えるように壁に当たって粉々になる、手当たり次第に投げるものだから手首を傷めて悶絶している、急いで駆け寄りたいが敵と認識されている、何が切っ掛けでこうなった?


三人で談笑していたら突然キョウが頭を抱えて苦しみ出した、そしてコレだ、頬に流れる血を指で拭うと思った以上の激痛で顔を顰める、深く切れたわね、飛んで来る物体は避けれても方向性を予知し難い破砕した部位は避けれない。


それはキョウの腕力があって初めて出来る事、アタシが避けれないってここまで強化して来たのが虚しくなるわね、孵化さえすれば大丈夫だろうと思うけどキョウの潜在能力が末恐ろしい、呵々蚊は傷一つ無く穏やかに微笑んでいる。


状況に混乱してばかりで何も出来無いアタシを嘲笑うように、いや、呵々蚊の視線はガタガタと震えるキョウに向けられている、何処までも優しく何処までも深く全てを包み込むような愛情を感じる………しかしキョウは唸るだけで人語を吐き出さない。


「やぁやぁやぁ」


「くそっ、投げる動作は可愛いのに当たると死ぬわ、キョウの投げたモノで死ぬよりキョウの胸に抱き締められて死にたい」


「あのペチャパイナー」


「おい、キョウをバカにしたの?表に出なさい、ぶっ殺してやる」


「表に出なくてもここにいるだけで死ねるナー、よっと、キョウがここまで攻撃的になるのも珍しいナー」


投げるものが無くなったのかキョウは毛布に包まって沈黙している、動物的な行動に少し狼狽えるが危険が無いのなら考える時間がある、アタシと違って呵々蚊は慌てる様子も無い。


流石に最初は悲しそうな顔をしていた、こいつはキョウに頼まれたからキョウを殺したいだけ、キョウに頼まれたからキョウを殺したい自分に自分を洗脳しただけ、それだけキョウに依存しているし愛している。


だからキョウを殺したいと言いながらキョウの事を何より大切にしている矛盾を抱えている、しかし今は飄々とした態度でどうするかアタシに問い掛ける、ど、どうするって、取り敢えず落ち着いて貰って女性寄りのキョウに戻して貰わないと。


記憶の管理はあの娘が全て請け負っている。


「ふーふーふーっ」


「ち、知恵の無い動物ナー、あれで隠れているつもりナー?」


「こ、怖く無いわよー、ほら、アンタも協力しなさい」


作務衣を手で擦りながらビビっている呵々蚊、あ、アンタも協力してよ!人生で初めてこいつに頼った気がするがこの際だから仕方が無い。


知性が無くなったお陰で幹部勢の特殊能力やら一部達の特殊技能が使えなくなっていて助かる、キョウが問答無用で力を行使すれば勿論そこに麒麟も含まれる、アレはアタシたち二人でもヤバい。


かつての仲間が全員揃っていて何とか出来るかどうかの代物だ。


「こ、怖く無いナー」


「ふー………う、うぁ」


「あ、アタシの時はずっと興奮してたのに」


「そりゃ、キョウは呵々蚊には心許すナー、特に昔からこうやって弱味を見せるのは――――呵々蚊だけナー」


驚きはしない、しかしその言葉に体が硬直する、キョウは毛布の中から顔を出して周囲を注意深く見渡している、どうして?ああ、知っている、アタシに弱味を見せればその元凶を叩き潰す、誰かが傷付く。


だけど呵々蚊に弱味を見せてもこいつは何もせずにキョウの成長を促すようにアドバイスを与える、何時もの様に軽い笑みを浮かべて軽い言葉でキョウが傷付かないようにしかし確実に成長出来るようなアドバイス。


ずっとキョウを観察してキョウの成長を願う、アタシには出来無い、すぐに手を差し出してしまう―――――殺して、そう頼ったのも、アタシよりこいつの方が。


「バカな事を考えるナー………キクタにはキクタにだけ言ってくれた言葉があるだろう、その癖に呵々蚊が貰った言葉まで奪おうとするな、それがお前の嫌な所だよキクタ」


「っ」


「それがキョウがあの路地裏から外に出る為の勇気を奪ったんだ、お前は呵々蚊より罪深いんだよ」


嫌悪感、瞳にはアタシを卑下するような色が宿る。


わかっているわよ、わかっているからこそ―――アタシはやり直さないと。

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