閑話158・『おれをすてただいじなふたり』

キクタに抱き締められている事実に驚く、むぎゅうううう、小さな体で必死に抱き締めている。


くんかくんか、お日様の匂い、お花畑の匂い、キクタの匂いは安心する、どうしてなのだろうか?ずっと昔に俺を―――大事に、してくれた、人?


いたい、いたいいたいいたい、考えようとすると誰かが考えるなって命令する、反骨心も反発心も根元から折られるような頭痛、生理的なモノ、耐え難いモノ。


キクタの匂いに囲まれて苦痛で悶える、あー、あー、あー、あー、何だっけ、何で俺ってここにいるんだっけ、キクタの匂い良い匂い、くんかくんかくんかくんかくんか。


幸せな匂い。


「尚更死ね」


何時も優しい鈴の音を転がすような幼く美しい声が吐き出したのは思い掛けない言葉だった、びくん、体が恐怖で大きく震えるとあやす様にキクタの手が俺のお腹を撫でる、下の所も、あ、赤ちゃんの所も。


何だか落ち着く、だけどどうしてキクタがそんな物騒な言葉を吐き出しているのだろうか?もしかしてお客さん?んー、だけど今の俺には何も思い出せない、最近良くある、グロリア、キクタ、キョウ、それしか思い出せない。


それだけで良いの?子供の体温は高い、つまりグロリアの体温も高いのでポカポカ陽気のこの天気で抱き付かれているとややキツイ、ぷはぁ、キクタの腋の間から顔を出す、んとんと、知らない奴だ、目の前のこの人は知らない奴だ。


こ、こいつは俺の事を好きな人?き、嫌いな人、な、なにもかもがわかんない。


「だぁれ?」


「き、キョウ、隠れて――――」


「あ」


「だぁれ?きれい」


「き、キョウ―――こいつは」


「ぁ」


二度目の呟きはさらに小さくなった、どうしたんだろう?キクタが威圧的にしてるから怖がってるんじゃないのか?幼い少女、とても可愛い、品があって快活な感じがしてそれでいて頭が良さそう、そうだ、ぜんぶ、全部いい。


キクタと同じで全部いいよ!キクタの背中に隠れながら様子を観察する、キクタは絶対に俺を護ってくれるから俺はお前なんか怖くないんだぞ、じーっ、凝視する俺を見ている幼女は一瞬だけ泣き顔のような表情を浮かべる。


俺を見てどうして泣きそうになるんだろ、変なの、紫檀(したん)や紅木(こうき)のように赤みの強い紫黒の髪がサラサラと肩に流れる、何故だろう、その髪を撫でた事があるような気がする、指の隙間にサラサラと零れるようなそんな髪質、最高の手触り。


ついついキクタに甘えてしまう。


「あれ、あれ」


「き、キョウどうしたの?いたたたたっ、あ、暴れないで」


「あれ欲しい、あれ、ちゃんとお世話するから!」


「な、ナー」


「ってこいつの事っ!?だ、ダメよキョウ、変な性病を持っているからっ」


「いやいや、性病の時点で変であろうが無かろうがアウトだろう、キクタは相変わらず頭悪いナー」


「変な性病も欲しいっ」


「キョウっ!?」


「な、ナー、キョウ、変な性病は怖いから欲しがらない方が良いナー」


「あんただって変な性病って言ってるじゃないっ!性病だったら変だろうが変じゃ無かろうが欲しがらない方が良いでしょう!」


「ナー、最初に言い出したのはキクタだナー」


俺を護るようにしてキクタが目の前のそいつを怒鳴る、それをさらりと受け流してチラチラと俺を見詰める綺麗な奴、眉の上で一文字に切り落とされた前髪、腰の辺りで同じように直線に切られた髪、それもまた口調とは別に整然としていて生真面目な雰囲気を見る者に与える。


だけど人懐っこいし良く喋る、キクタと面と向かって罵り合っているけど何だか、何だか。


「なかよしかー」


「「違うっっ!!」」


「なかよしだっ!」


ふと、懐かしい風が吹いたような気がした、それはとてもとても儚くてとてもとても柔らかい。


『キョウ、ほら』


『ナー、どけナー、女の子の扱いがわかって無いナー』


『お前も女だろう』


『テメーも女だろうナー』


『や、止めようぜ、喧嘩はお腹が空くぜ』


『『キョウはバカだなぁ』』


――――――じじっ、じじっ。


灰色の光景が今に重なって息苦しい、頬に何かが流れる、二人の視線が俺に集中する。


「キョウ?」


「キョウ?」


二人の片手が俺の頬を拭う、それはきっと無意識の事で、それはきっと過去と同じ行為で。


わすれたくないのに、あたまが、いたいよ。

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