第210話・『キョウは裏切られた、もう一人のキョウ候補も裏切られた』

エルフと比べて圧倒的に数が少ない、しかも純血である事を何よりも誇り交わる事を嫌う、それは血が交わる事だけでは無く交流をも拒む。


マナナ族は誇り高い一族であるが故に滅んでしまった……海を統べる魔王であった怪異水(かいすい)はそんなマナナ族を愛した、彼女から受ける恩恵は長い月日を得て愛情へと変わった。


魔王に寵愛されたエルフ族、それがマナナ族だ、人間は山を削り海を汚し空を曇らせる、それに引き換え魔王は人間を殺すだけで自然を汚さない、人間はそんな真実から目を背けて魔王を邪悪だと決めつける。


しかし生物としては正しい、自らの種を滅ぼそうとする相手に対して攻撃的になるのは理解出来る、海域に属するモノを全て操る事が出来るマナナ族の力を欲した人間はそれを手にする為に様々な悪事を働いた、その悪行によってマナナ族の数は激減した。


体を切り裂いて脳味噌を分解して魔力の質を探求してそれでも答えは出なかった、答えの出ない無駄な作業がマナナ族の数を減らした、答えの出ない残酷な実験がマナナ族の数を減らした、減って減って減って最後に頼ったのが同じ属性を持つ魔王だっただけだ。


海を統べる魔王であった怪異水は、藍帆傷(あおほきず)に優しかった、溺愛していたと言っても良い、養子にしてくれたし惜しみない愛情を与えてくれた、彼女の思想は海の生物こそが地上をも支配する事だった、海の生物には海の魔物も含まれる。


幼かった藍帆傷はその思想にあっさりと染まった、人間は海の生物や自分たちを苦しませる悪い生き物、だから殺して殺して殺して殺して海の栄養源にした、何時も海から恵みを奪う人間が海の恵みへと変わる様はとても面白かった、とてもとても愉快だった。


「がっ」


声がする、怪異水が褒めてくれた鈴の音を転がすような美しい声が苦悶に染まっている、怪異水は勇者に殺された、それに味方していたマナナ族も殆ど滅んでしまった…………逃げ延びて魔物にも人間にも属さず静かに生活する内に自分一人だけになった。


エルフと交われば血は継がれてゆく、種としてはほぼ同じらしい、しかし先祖代々の教えがそれを許さない、血の交わりを許さない、一度だけ許した交わりが魔王に味方する事とは我が一族ながら笑えて来る、そして滅んだ………自分一人だけを残して。


静かに静かに気付かれずに生活する、その中でどうしても我慢できずに人間の社会に飛び込んだ………魔法で耳を隠し努力で魔力を隠し頑張って頑張って偽って生活した、人間の社会は驚きの発見の連続だった、そこで気付いた、人間は全てが邪悪な種では無い。


怪異水は大好きだ、名も与えてくれたしここまで育ててくれた、両親は人間の錬金術師に捕まり解体された、どうして解体されたのがわかったかといえば自分の目の前で解体されたからだ、隙を見てそいつの研究所から逃げ出した、あの錬金術師の名は何だったかな。


兎に角、憎しみは教育によって拡大して増長した、だから人間を憎んでいたのに彼らの多くは日々の生活に追われて慎ましい幸せに満足している、それはとても健気な姿で憎む事が出来無い、だから怪異水がもしかしたら自分たちを騙していたのかもと思ってしまう。


「は、はなせ」


ホッホッ、何とか絞り出したような声だがさて誰の声じゃろ?マナナ族も自分も閉じた世界の中で先祖の教えを信じて生きて来た、それは種全体が世界に興味を持たなかった事実でもある、そこにつけ込まれるような形で怪異水に騙されたのでは?


愛しい相手を疑う事は苦痛では無い、どのような事情があれ彼女が自分を慈しみ力を与えてくれたのは事実なのだから、広い世界を知って人間の世界を知れば過去の怪異水の教育がどのように歪だったのかも理解出来る、それを否定するつもりは無い。


「はなさないよ、おれはおまえをだまさない」


「だま、す、じゃと」


「そうそうそうそう、おまえ、たいせつなひとにうらぎられたって、そんなかおをしているよ」


「そんな、わけは、ぐぇ」


「くびをしめてごめんね、でもでも、あたってるだろ?いちばんたいせつなひとにうらぎられたんだ、おれが、クロカナに、クロカナにぃ」


「そな、たは……それだけのちからを、ちからをもっていながら、たいせつなひとにうらぎられたのか?」


「うらぎられたあげくに、すてられた」


「があぁ」


呼吸が出来無い?ああ、殺されかけているのは自分かとそこで認識する、首を絞められている、手足が力無く浜辺の砂に触れている、身長差があるから仕方が無い、現実と過去の記憶の境目が曖昧になっている。


目の前のコレは恐ろしい力を秘めていた、勝負にもならなかった、なのに苦悶の表情を浮かべて自分と対話している、裏切られただと?魔王の眷属である自分もそれを軽々と屠る目の前の存在も誰かに裏切られた愚かな存在。


これだけの力を持った化け物でも人間関係を断ち切る事は出来無いのか、裏切られた裏切られたと涙する表情がかつての自分のようで胸が苦しくなる、同じような化け物が同じように誰かに裏切られたのか、目の前のこれはかつての自分?


記憶が心が精神がまるで一つになるような違和感、美しい童女に自分を重ねるような違和感、そしてそれによる謎の達成感、涙を拭ってやりたいと思うのはどうしてだろうか?こんなにも殺されかけているのに、死にかけているのに。


「おまえはおれ」


泣きながら涙しながら何度も同じ言葉を呟く、魔王軍の元幹部である自分が圧倒的な力で蹂躙されて見世物にされている、それなのにこのように自分とお前は同じものなのだと何度も呟く、何度も何度も囁く、記憶が混濁してそうなのかもと思うようになる。


「あ、あおほきずは、きさまなんぞに」


「ちがう、違う、違うっ、言い直せ、お前は俺―――――キョウ」


じじじじっ、火花が散る、初めて心が大きく打ち震える、あれ?人間を敵視して間違った殺戮を繰り返した消せない過去を持つ愚か者は?藍帆傷は?それが自分では無かったのか?


あれ、あれれ。


「き、きょうは、きさまなんぞに」


「そう、正解、お前はキョウ」


あれ?ならばこんな辛い過去は捨ててしまおう、キョウの過去では無いのだし。


納得じゃ。

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