第209話・『雷様は三人とも輩の口調なのが大好き』

目の前に現れた敵を見て息を飲む、姿が変わっている、人間でも魔物でも無い魔性のモノ、逃げ切れたと思って浜辺で休んでいるとコレだ。


水中を追って来たのか空中を浮遊して来たのか定かでは無い、異様な気配を察知して振り向けばそこにいた、何このホラー、頭を抱えるようにして思考する。


ここで戦う?水辺で自分が負ける姿は想像出来ないが少なくとももう一人追手がいる、こいつを倒してももう一人現れたらどうする?二度の戦闘は時間を無駄に長引かせる。


こいつ等に仲間が他にいないとは言い切れない、舌打ちをして向き直る、浜辺の砂も海水も全て自分の支配下にある、海を統べる種だからこそ目の前の相手があの少女たちの片割れだと理解出来る。


浜辺の砂を通して敵対する敵の情報が流れ込んでくる、舌打ちする、魔力では無い奇妙なエネルギーを感じる、かつての魔王を連想させる圧倒的な闘気、全てを投げ出して逃げ出したい、いや、逃げ出した結果がこれか?


「エルフモドキ、みーつけた♪ああああああああああああ、おいしょう、おいししょう、じゅるるるるるるるるるるる、うはぁ」


敵対する存在は体をくねらせながら笑う、四つの瞳がこちらを見詰めている、どのような目的で自分を追っているのか全くわからないが断片的にでも理解出来る事がある、これは駄目な奴だ、当時の勇者と遭遇した時の状況に似ている。


それ以上に追い詰められているような気がする、白い浜辺と青い海と広い空、全てが何時もと同じなのにたった一点だけ違う、幼い子供、自分よりも幼く見える子供は邪気を纏わせて笑う、その癖に気配だけ神聖なものだから笑う。


ごくり、息を飲む。


「喉が鳴ったぞぉ、んふふふふふふ、か、細い首だから噛み付いたら一発で血液ぴゅうぴゅ、ぴゅるるるるる」


「これまた、ホッホッ、とんでもない生き物が来たようじゃわい」


海を統べる魔王であった怪異水(かいすい)の幹部として様々な魔物を見て来た、怪異水の生み出す魔物はどれもグロテスクで触手の集合体のようなモノが多かった、主の美的センスを嘆きはしない、海に生きる生物はそのようなフォルムに落ち着く。


人間を触手で捕まえて丸呑みにするような魔物ばかりじゃったが嫌悪感は無かったように思える、藍帆傷(あおほきず)の美的センスも主と何一つ変わらぬからな、だけど人間のような形をして醜悪な邪気を撒き散らす目の前の存在の方が問題だ、恐ろしい、心の底から恐ろしい。


向かい合うとその醜悪さに吐き出してしまいそうだ、どうしてだろ?彼女の今の姿は彼女のモノでは無いはず…………魔力を行使して遠視した姿が本来の姿のはず、わからぬ、その入れ物は聖なる気に満ち満ちているのに精神は邪悪過ぎる、神の肉体に狂人の精神は宿ったかのような違和感。


「んーんーんー、あっ、ああああ、おれか、いきものっておれか、おれはいきものですか」


「そうじゃ、ホッホッ、自分が生き物かどうかすらわからぬか?」


「どうしてそんな目でみるの、そんな馬鹿にした目でみるの、みちゃやだ」


「そんな目とはどのような目かのゥ」


「見下しやがって、餌の癖に、餌の癖に、餌の癖に、餌の癖に、あはぁ、ゴカイだ、お前はゴカイ、魚に食われる、あれ、じゃあおれはさかな―――」


「見下してはおらぬよ、恐怖しているだけよのォ」


「じゃあすき、あいしてる、たべさせてェ」


「たべ、る?」


「おう、えささん?」


砂浜を千鳥足で歩くソレを前に言葉の意味を理解出来ずに息を飲む、食べる?エルフと同じ尖った耳がピクピクと動く、そういえば先程から聞き捨てならない単語が幾つも出て来た、首に噛みつく、餌の癖に、食べさせて?


下位の魔物ならさらにその上の魔物に捕食される事はある、しかし自分は高位のソレだ、マナナ族が魔王の魔力によって邪悪な気に染まった個体、魔物と考えて見れば高位の存在である、なのに餌とは?餌、藍帆傷が餌だと?


人間の死体で魔物を生み出して洞窟の奥に籠る、過去の悪行は置いといて今では静かに余生を過ごしている、新しく誕生したと噂される魔王からの勧誘も無いしこのまま生を終えればと考えていた、そんな安息の日々を奪おうとする存在。


「争いは好まぬが、どうかのォ」


砂浜に魔力を流し込んで硬質化させる、鋭利な刃になったソレが全方位から目の前の化け物に突き刺さる、逃げようの無い必殺の一撃………逃げてしまってもここは浜辺、無限に追尾出来るし無限に武器を生み出せる、殺すしか無い。


殺してさっさと退散せねば、しかし硬質化した刃はボロボロと呆気無く崩れてしまう、天から雷が落ちるのでは無く地上から雷が天へと昇っている、息を飲む、崩れた砂はやがて溶けて消えてしまう、目の前の現象を認める事が出来無い。


圧倒的、音と光を伴った雷放電現象は戦う意欲を失わせるには十分なものだ、勝算が無いか思考を高速回転させる、放電現象が発生した時にだけ生じる独特の音、雷鳴のようなソレは激しい衝撃波を持って周囲を震わせる、体を震わせる。


放電の際に全身から放たれた熱量が空気を膨張させている。


「やはり化け物では無いかっ、ホッホッ、魔王に等しい存在と出会えるとは長生きするもんじゃ!」


「おまえは、おまえは」


「お前は――――か、藍帆傷じゃ、ホッホッ、ソナタは?名はあるのか?」


「――――――――――――――」


戸惑いを浮かべた顔を見て思う、何も知らない、何もかもをを忘れた、何もかもを一切合切。


「あれ、おもいだせない、いいや、おれは藍帆傷、おれのなまえ」


「奪うか、名を」


ニッコリと笑った童女は悪意と殺気に満ち満ちていた。


ホッホッ、化け物扱いされて来たが真の化け物とはこうあるものかっ!

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