第208話・『二人の麒麟、ぺろぺろ』

洞窟の最奥に辿り着く、整然としていて清潔で清廉な空間、天井は無く空から太陽の光が差し込んでいる。


気配は感じるが邪悪なモノでは無い、しかし異常な魔力ではある、魔物のような気配だが魔物のような邪悪さが無い、違和感に首を傾げる。


口元を拭うとグロリアの血液が服に広がる、背中に背負ったグロリアは恍惚とした顔で眠っている、お腹一杯、さて、デザートを食べるとするか。


シスターの体が普通の人間と比べて壊れにくい事を考えても少し貰い過ぎた、美味しく頂き過ぎた、浜辺にグロリアを寝かせて伸びをする、グロリアなら眠っていても危機に対処出来そうだな。


それでも一応心配なので麒麟を具現化する、俺の一部では最強のカード、麒麟の具現化にはかなりの力を必要とするがグロリアの血液のお陰で大した消費に思えない、んふふふふふ。


少しずつ遠ざかる気配がする、水中からだと外に脱出出来るのか?ふふん、あの水死体はもういないと思うけど一応なっ、麒麟がいないのはかなり辛いがまあ何とかなるだろう、肉が柘榴のように弾ける。


肉片が美しい世界を醜い世界に変化させる、増殖した細胞は分裂を繰り返して胃液のようなものを吐き出している、失った部分を修復しながらまだ麒麟に成り掛けている途中のソレを踏み潰す、具現化が遅い。


「遅い」


「も、申し訳ありません」


「謝罪はいらないから早くして、お腹空いてるの、どうしてお前如きに付き合って餌を見逃さないと駄目なの?」


「こ、言葉もありません」


具現化を終えた麒麟が恭しく頭を垂れる、踏み潰した箇所は頬だったのか煙を出しながら再生している、肉塊の時は何処か何処の部位かわからねぇーからな、頭を踏み潰そうとしたのに失敗だったぜ。


ふん、妖精の感知で気配は掴んでいるので見逃す事は無い、だけどこいつを叱る理由が欲しくて無理矢理に結びつける、グロリアの血液は良く馴染む、クロリアの細胞も炎水の細胞も同じシスターの細胞を喜んで受け入れる。


少しグロリアの血に染まり過ぎている?冷酷?残虐?自分の彼女に何を言ってるんだ俺は?グロリアは優しい優しい女の子、その細胞を迎え入れたのだから凶暴になるわけ無いじゃないか、理知的に冷静に大好きなグロリアのように。


「麒麟、グロリアを護ってやってくれ、血を失い過ぎている、回復も頼めるか?」


「問題ありません」


ローズクォーツ、美容の秘薬とも呼ばれている女性の美しさや一途な愛を彷彿とさせる鉱石、紅水晶とも呼ばれていて美しい色合いで人々を楽しませる、そんな桃色の薔薇と同じ色合いの瞳が俺をジーッと見詰める。


額にも二つの瞳が存在している、四つの瞳が俺に問い掛けている、この女は貴方様にとって何なのですか?実にこいつらしい疑問だ、こいつは天上の生物、地上には俺の心を奪う様なモノは存在しないと思っている。


「世界で一番大切な人だ、お前だから安心して預けられる」


「―――――――――――――――――――」


「その、あれだ、ダメか?」


鼻の頭をポリポリ掻きながら問い掛ける、地上の魔物如きではこいつに傷一つ付ける事も出来無い、手招きして頭を叩いてやる、頼んだぞ、山吹色(やまぶきいろ)のソレは前髪を水平に一直線に切り落としている。


肩まで伸ばした髪も同様に一直線に切り落としていて清潔で整然とした印象を見るモノに与える、手触りも良く何となく高級感もある、流石は神に仕える獣、素晴らしい毛並みだ、売ったら幾らになるだろうか?


見た目は7~8歳ぐらいだろうか?俺の一部の中ではかなり幼い容姿だ、腰ぐらいまでしか背丈も無いし妙にそそられる………生真面目さがその表情からわかるぐらいだ、余裕の無い幼女とでも言えば良いのかな?神の造形物に相応しく全てが整っていて黄金律によって構成されている、美しい。


「ルークルットの眷属………」


「ああ、お母様のシスターの一人だ、でもお母様のシスターじゃない、俺のグロリアだ、俺だけのグロリア」


「あっ、く、くすぐったいです」


「可愛いモノを愛でて何が悪い、俺のモノを愛でて何が悪い」


「も、問題無いです」


頭には頭巾(ときん)と呼ばれる多角形の小さな帽子のような特殊な物を付けている、そして右手には錫杖(しゃくじょう)と呼ばれる金属製の杖を携えている、この大陸ではあまりに目立ちすぎる格好だがどうせ洞窟の中なんだと無理矢理納得する。


耳の裏を執拗に撫でてやると甘えるように目を細める、少しずつ少しずつ遺伝子情報を読み取って麒麟に変化する為だ、こいつをここに置いていくのだから俺が麒麟になろう、この絶対的な力でエルフモドキを追い詰めて捕食してやる、んふふ。


袈裟と、篠懸(すずかけ)と呼ばれる麻の法衣を身に纏った麒麟が小さな舌を差し出してペロペロと手を舐める、くすぐったい、腰の帯にぶら下げたほら貝を加工した楽器が揺れる、くすぐったい、愛情表現は所詮は獣か。


姿をそのまま奪い去る、麒麟の掌を麒麟が舐めている。


「やっぱりこの体は良いな、軽い、さて、追うか……」


「光栄です」


「ふふ、姿も能力も奪われて光栄とは可愛い事を言う、グロリアを護れよ、お、お前も怪我すんなよ、ふん」


「あ」


「じゃあな」


乙女みたいに『あ』とか言うんじゃねぇぜ、獣だろうがっ。


ふん。

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