閑話154・『ナンパされてるよキョウ、そしてナンパされている事に気付け』

激しい雷雨、逃げるようにして雨宿りをする、グロリアに頼まれた買い物は諦めるしか無いか。


お仕事をしているグロリアは何処か張り詰めた空気を纏っていて話しかけ難い、話し掛けてみると笑顔で対応してくれるのだが何だか申し訳無い気持ちになる。


せめて美味しい食事をと希望のメニューを聞いて買い出しに出掛けた、僅かばかりに晴れ間が見えた隙を狙って外出したのだがそれも徒労に終わった、溜息、激しい雨風で傘も壊れてしまった。


市場にも大した魚は並んでなかった、朝方も同様の天気だったし仕方無いか、船の転覆の恐れがあるので漁師が漁に出る事が不可能だ、だけどこの街を訪れた時に海に生け簀(いけす)が見えたので少し期待した。


早目に流通させれば少しはマシになっただろうに、これではグロリアの要望に応じられない、だけどグロリアは笑顔で許してくれるだろう、ここ最近は俺に甘過ぎて少し不安になる、嫌味の一つでも言って欲しい。


「ふう、濡れたぜ」


胸の幅の肩から肩までの外側で着る独特の修道服は一切の穢れの無い純白だ、魔法による処理が施されていて燃え難く水を弾く、だけどこの激しい雷雨ではそれも無駄な抵抗だ、絞りながらくしゃみをする、くちゅん、ずずっ。


空を見詰めながら溜息を吐き出す、グロリアに元気になって貰う為に外出したのに恐らくグロリアに心配させている、俺と同じように雨宿りをする人達の顔が視界に入る、既に畳まれた古い店の軒先で誰も彼もが不安そうに空を見詰めている。


長雨にならなければ良いけどな、何だか邪まな視線を感じて胸元を隠す、同世代程の男の子が目を逸らす、いかんいかん、グロリアとキョウに何て言われたっけ?そうそう、あまり無防備に振る舞うのは男の子に毒だから止めなさい。


こんなペチャパイが気になるなんて男の風上にも置けないぜ、ふふん、全身を震わせて纏わり付いた水滴を落とす、魔力を帯びた修道服のお陰で思った以上に濡れていない、感謝感謝、誰かが子犬のようだと呟いたので不機嫌になりつつ睨む。


ってまた同じガキかよ、他人を弄るのは好きだが弄られるのは苦手だ、特に初対面の相手はきんちょーする、髪を短く切り揃えた清潔感のある褐色肌の青年だ、他にも様々な年齢の人々が同じようにして縮まっている、シスターの前だから?


「ふぁ」


欠伸を噛み殺すと誰も彼もが驚いたような顔をする、し、シスターだって欠伸ぐらいするわっ、ひそひそ話が耳に入って来る、内容までは聞き取れないが耳まで真っ赤になるのがわかる、先程の青年がニヤニヤと俺を見ている、な、なんじゃぼけー!


何だかこいつ感じが悪いゾ、女癖も悪そうだし怖いっ、すすーっ、距離を置く、雷雨は積乱雲が原因で発生する、地上で暖められた激しい上昇気流と一緒に大量の水蒸気が積乱雲上部に上昇する、上昇した水蒸気はやがて飽和して大量の雨粒に変化する。


そして上空で雨粒の代わって氷粒が凝縮するようになる、氷粒は激しい上昇気流に巻き込まれる形で何度も何度も衝突を繰り返す、その現象によって積乱雲上部で少しずつ静電気が蓄積されるようになる、やがてこれが成長し切って雷の原因になるのだ。


「シスターさんも欠伸をするんだな」


無視しようとした矢先に話し掛けられて狼狽える、どうにもいけ好かない奴だ、ニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべているし男性らしい体つきは正直言って羨ましい、周囲の人間が聞き耳を立てているのがわかるのがさらにウザったい。


「そりゃ生き物だからするぜ」


「へぇ、男みたいな喋り方をするんだな」


男の癖に前髪を弄りながら近付いて来る、心の中でキョウとキクタが追い払えと暴れている、どうしようか?これだけの人間がいるのに乱暴に扱うわけには行かないしそもそも何もされていない……何処か飄々とした態度で会話を進める同世代の青年。


この街にシスターはいないから外からやって来たのか?何をしにやって来たのか?ここに来る前は何処に居たんだ?晩飯に美味しい店を教えてやる、全てが自然に口先から発せられて無視をするつもりがついつい応対してしまう、む、無視し難い奴だなー。


「男勝りのシスターなんて珍しいな、個性が無いのかと思ってた」


「あるよ、馴れ馴れしい奴だなー、シスターだって生き物だもん」


「へえ、じゃあ好みのタイプとかもあるのか?」


「へ?」


「異性だよ、こんな空模様だ、下らない話で盛り上がろうぜ」


「え、えーっと………ん?グロリア、キクタ、キョウ、お母様、呵々蚊」


取り敢えず気になる人の名を呟いてみる、最後の二人には自分でも少し驚いた、特に最後の最後、あいつは飄々としていてストーカーでキモくてロリ臭くて俺に夢中だ、口にして見ると何だか不思議な気持ちになる、俺はあいつを嫌っていない?


呵々蚊の事がそこそこ好き?んー、何だろう、納得出来無いようで納得出来るような不思議な感覚、あんなにも俺に夢中な奴っていないもんな、どうせ誰も聞いて無いんだし良いだろう、あいつが聞いていたらヤバいけどなァ、ゾクゾク、少し震える。


この雷雨は何時になったら止むのだろうか?


「恋多き乙女なんだな」


「あ、違う違う、恋してるのは一人だけだぜ、つか、初対面でここまで話す必要はねーぜ」


「ごもっとも、フリーだったら良いなって思っただけだ」


「バーカ」


「ごもっとも」


ニカっと笑う、ソレを見て何も言えずに項垂れる、なーんだ、そんなに悪い奴じゃないじゃん………ふと、激しい雨の中を一人の少女が歩いて来るのが見える、強風で傘は意味を成さないのでずぶ濡れのままだ。


遠目にもわかる、自分一人ならこんな非効率な事をしねぇ癖に!グロリアを見付けた瞬間に大きく手を振っている自分がいる。


「噂のお相手か、ははっ、晴れ間が見えた」


「全然止んでねーよ!じゃあな!風邪引くなよ!」


晴れ間なんて見えてないのに何を言ってるんだろうか?俺は自分でもバカだなぁと思うぐらい笑顔でグロリアに駆け寄った。


「キョウさん、ずぶ濡れじゃないですか」


お前がなっ。

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