第207話・『百合は苦手じゃ、され、されーーー』

同胞は滅び世界は変わった、魔王に味方をすれば天罰が下る、同じ属性を有するかつての魔王を我らの同胞は愛した。


だがそれも終わり幾つも時代が変わり生き残りは自分だけとなった、近縁のエルフ種との交配も考えたが一族の純度を思えば交わる事はしない方が良い。


純血が一匹、そのまま洞窟の奥で死ねば良い、しかし寂しさは残る、なので怨嗟を歌にして闇夜の中に響かせる、人間が憎いわけでも勇者が憎いわけでも無い。


最早何が憎いのかすら忘れてしまった、呪いの歌は海底にまで響き渡り水死体を魔物として復活させる、かつては海を統べる魔王であった怪異水(かいすい)の幹部として力を振るった。


血の繋がりは無くともかの存在の魔力を与えられた、それに種としての能力を合わせて使えばこのような芸当も出来る、昔は海面全てをこのような化け物で埋めたものだが今はそこまでするつもりは無い。


健やかに、健やかに、健やかに、健やかな魔物を健やかな水死体で生み出す、我が子と思えば腐敗したその姿も愛しく思える、歌は何処までも何時までも、ぁぁ、寂しい、一人ぼっちは寂しいから集まれ水死体。


水死体は振り子のようだ、嵐の日は水死体が多く発生して実にご機嫌だ、遺体が水に長期間浸かっていると浸透圧の差で遺体の中にある水分と外にある海水との間に中和が発生する、少しずつ少しずつ膨らむ過程が楽しい。


やがて体内の空気が抜けると遺体は海底へとゆっくり沈んでゆく、沈んでいると体内の腐敗によってガスが発生する、体全身で行う放屁のようなものだ、ガスが発生すると遺体はゆっくりと水上に浮上する、海鳥たちの休憩場だ。


この時点で仲間や家族が発見して遺体が回収される事が多い、ブヨブヨに膨らんで可愛くなったのにまだまだ可愛くなるのにどうして回収するのだろうか?ガスが抜けて再び沈んでしまうとこっちのモノだ、もっともっと可愛くなるまで待つ。


水死体は一人で勝手に沈んだり浮いたりするのが素晴らしい、自立性がある!可愛くなるのには理由がある、浸透圧力による可愛さの演出、塩分濃度、つまり海水によって引き起こされる変化、海水は様々な意味で濃い、遺体の中の水分に溶け込もうとする。


水死体の内部の水分濃度を海水と同じようにしようと侵入する、外側から内部に海水が大量に入ってくるのだ、入ってくるということは可愛さを加速させる、そう、当然ながら遺体は膨らむ、どんどんどんどん膨らんで可愛くなる、素敵になる、無敵になる。


そして使役する魔物に加工される。


「おやおや、客人かのゥ」


そんな愛しい加工品が破壊されているようだ、ホッホッホッ、笑いながら水面を覗き込む、そこに映るのは変わらない自分の姿、魔王の魔力によって老いる事を禁じられた哀れな眷属、海に住むエルフであるマナナ族の末裔である自分の姿。


魔王の魔力を受けたからといって醜悪な姿に変化しているわけでも魔性の魅力を秘めているわけでも無い…………藍染の淡く清らかな青色の髪、柔らかい緑みの青は甕覗(かめのぞき)と呼ばれる美しい色だ、この海の水の色に少し似ている。


このような知識も一族が滅び姿を偽って人間と一緒に過ごしていた時に教わった、マナナ族は絶滅したはずの種、人間に見付かればどのような扱いをされるかわかったモノでは無い、近縁種のエルフの番いを与えられる?冗談では無い。


それとも魔王の仲間として処刑されるか?どちらにせよ楽しい事では無い…………覗色(のぞきいろ)とも呼ばれる色合いをした髪を撫でながら微笑む、客人は久しぶりだが護衛の水死体は一定の強者にしか反応しないように拵えている、危機かのゥ。


甕覗(かめのぞき)の色合いをした髪はお気に入りだ、人間の世界では藍染もしたのゥ、様々な布を何度も何度も藍甕(あいがめ)に浸けては取り出して浸けては取り出して、人間があのような労働を嬉々としてするのが不思議だったがやって見ると楽しかった。


繰り返して繰り返して濃く濃く染めていく、その過程でこの髪の色と同じ色彩が発現する、甕覗は白い布を軽く浸した程度に染めたモノだ、後者の甕覗の由来も甕を少し覗いただけという意味で名付けられた色名、自分の髪の色に名前がある事に感動した。


藍染は浸す時間や回数によって色の濃さが変化する……色合いが淡い順に藍白、白殺し、浅葱、縹、、藍色、紺と名付けられるんだが自分はやはりこの甕覗の色彩が一番好きだ、人間の世界は楽しい、しかし安心は出来無かった。


「独り暮らしも手慣れたものじゃ、ホッホッ、探るかのゥ……若い娘の二人組か、何の用事かのゥ」


ショートボブにしたその髪は水に濡れても変化しない、マナナ族の特徴なのだがこれだけでも人間の世界で生活するにはかなりの弱点になる、柔らかい質感が出るように毛先だけ遊ばせているのだが見せる相手もいないしのゥ、見た目も10歳児固定のままじゃしのゥ。


異性を意識するのは馬鹿馬鹿しい、このような洞窟に籠っておるしのゥ、瞳の色も髪の色と同じだが細められていて中々に確認し難い、細目なわけでは無く意図的に瞼を軽く閉じている、中々に目立つ色彩だ、髪は隠せなくとも瞳は少しは隠せる、人間世界で学んだ変な癖。


肌の色は透き通るような白だが水の中に入ると少し青く染まる、これもまた体質的なもので海水ではこのような変化が現れる、真水だと平気じゃしのゥ、ホッホッ、理由を知りたいが理由を知ろうとすれば人間に解剖される、解剖怖いのじゃ、これは笑えん。


「どちらも美人じゃ、しかしあの魔物を見られたからには始末せねばのゥ、始末した後にもっと可愛くする為に海底でガスと水を貯えさせて変化させるとするかの、さらに美人になるぞゥ」


どちらも人外と思える程に美しい、魔法によって水面に映し出された侵入者は姉妹のように思える、どちらも華奢で脆そうで美しい、片方が片方の血を嬉々として飲んでいるかと思えば片方が片方に嬉々として血を与えている。


その周りには水死体の山、可愛い可愛い使役したゾンビ達、だけれど怒りよりも疑問が浮かぶ、人間の世界では他者に血を与えるような文化は無かったはず、魔に属するモノならあり得そうだが人間のする事では無い、そうよのゥ。


だとすればこの二人は何者なのだろうか?互いに頬を染めて互いを求めている姿は交尾をしているような光景だ、倒錯的な光景、しかし互いに互いを求めている光景は―――――――――――――羨ましい。


「な、なんじゃ、この百合臭い姉妹は――――逃げよう」


羨ましいけど、それ以上に怖いのゥ。


ホッホッ………なんじゃこいつ等っっっっ!

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