第206話・『グロリアは餌になれた』
あらゆるモノを奪って来た地位も名誉も部下も信者もその子たちの人間性も自由も奪えるものは遠慮無く奪った、あの地下室で天啓を自らの腕で奪い去った日から何も変わらない。
与えるものは与えた、そうしなければある者は裏切りある者は足並みを乱す、故に自分の体すら与えるモノとして勘定に入れていた、一夜を過ごせば虎も猫になる、感じる事はあっても考えを変える事は無い。
そうしたモノを積み重ねていた日々の中で私はキョウさんと出会った、職業を固定する為に訪れたあの場所で出会ってしまった、彼もまた私が奪うべきモノだった、神の子供として地上に舞い降りた彼は非常に利用価値のあるモノだった。
物であり者では無い、武器を買い与えて鍛錬を重ねて多くの場所に足を運んだ、それも全て彼を神にする為、正しくは傀儡の神、辺境で育ったキョウさんはあまりに無垢で手垢の付いていない真っ白なハンカチだ、どのような色にも染まる。
なのにその純白に染まったのは私の方だ、いつの間にか虜にされていた、元気に飛び跳ねて色んな場所に走ってゆく彼が心配で愛しくて当初の計画を忘れる事も多くなった、自分の望むものは何なのか最近はわからなくなる、どうしてここまで?
エルフライダーを手に入れた時に私は有頂天になった、彼に尽くして望むように育てようと色々と画策した、欲しかったモノがあんな辺境で転がり込んで来たのだ、出会いは必然、この必然を完璧なモノに変える為に私は様々な策を張り巡らせた。
「――――――おいし」
一人の男の子を魅了するなんて簡単な事だ、だけど私が魅了される事になるとは夢にも思わなかった、明るくて無邪気な少年の奥底には隠しきれない狂気と一人ぼっちの寂しさが垣間見えた、膝を抱えて虚空を見詰めているキョウさんが見える。
彼の能力はあらゆる生物の境界を崩し自らと同一化させる、記憶もそれによって改善され後付けのソレが真実になる、それでも記憶の処理が追い付かない場合は全てをリセットして忘れてしまう、恐ろしく効率的で人間味の無いシステム、キョウさんの心など必要としていない。
そうやって愛しいモノを取り込んで愛しいモノを忘れて一人ぼっち、永遠に一人ぼっち、誰も彼の気持ちを理解出来無い、理解出来ると思った人すら明日には自分になっている、この出会いを私は必然と確信している、そしてきっとキョウさんもそう信じてくれている。
だって貴方は私を取り込もうとしない、私を他人のままこうして傍に置いてくれる、置いてくれる??ははっ、この私が?何時も誰かを傍に置いて支配して来た私が置いてくれている?笑みは深くなり事実に酔い痴れる、それで良いんです、私もキョウさんも。
「おいし、おいしぃ」
お尻を高く上げて大きく振る、何処まで浅ましい生き物なのだろうかと同情する、ああ、ここにいるエルフモドキはスパイスに過ぎない、キョウさんは今、私の一部を食べている、飲んでいる、血を飲みながら歓喜に酔い痴れている、瞳は食欲に支配されて人間性と自我を喪失させている。
私は傷口をナイフで抉りながらキョウさんの口へと血を垂らす、白い歯に血が付着して赤く染まる様が何とも言えない、今から戦闘が始まるかもしれないのに私は何をやっているんだろう?混濁した意識が普段の私を遠ざけている、何が正常なのかわからない。
「ぐろりあぁ、もっと、もっとえさをくれないと、ほかのかいぬしのところにいっちゃうぞ?」
ピンク色の舌が蠢いて餌を求める、嫉妬心を煽る言葉を吐き出してクスクスとキョウさんは笑う、キョウさんと出会う前も出会った後も計画の為に様々な土地に足を運んだがエルフライダーよりキョウさんより美しい生き物を見た事が無い。
しかし生意気な事を口にする、だからナイフをさらに抉ってもっと夢中にさせる、私だけしか見えないように、私の血の味しか興味が持てないように、他の飼い主なんて貴方には不必要なんですよ?どうしてそんなに酷い事を平然と口に出来るのですか。
舌先が蠢く、まるで血を吸ったばかりの蛭のようだ、ぷっくりとしていて艶があって薄気味悪くて愛らしい、生理的な嫌悪を抱きながらも何処か滑稽なモノのように思える、あああ、舌で血を掻きまわして粗食している、キョウさんが私を食べている。
ずっとずっと心の中で嫉妬していたんです、正直に告白出来ればどれだけ楽だろうか?キョウさんの一部達は餌となりキョウさんの食欲を満たす、エルフライダーが飢餓状態になって苦しむ姿はあまりにも醜くあまりにも美しい、ああ、苦しそうなキョウさん。
「おいしぃ、じゅううううしぃ、んふふふふ、おれ、わたし、すきよ、このあじ」
「そうですか、私が生きている限り食べ放題ですよ?」
「んふふ、なぁにぃそれ、すてきじゃない、れろ」
だけど私はキョウさんの食欲を満たす事は出来無い、何時も奪って来た私、何時も与えて来た私、キョウさんから何も奪えずに何も与えられない、一部は記憶を奪い食事を与える、私は何も奪えずに何も与えれない、どうして?
だけど今こうしてキョウさんに餌を与えている、その餌は私の体の一部、この血液がキョウさんの血液になる、血が血になり赤が赤になり私がキョウさんになる、何てっ、何てっ、素晴らしい事なのでしょう、こうして大好きな人に何かをしてあげる事が出来る。
ずっと苦しんでいるキョウさんに何もしてあげられなかった、泣きながら空腹を訴えるキョウさんにしてやれるのは餌場に案内する事だけ、だけど今は違う、ナイフで傷口を抉ると痛みで指がピーンと張り詰める、自分にこのような生理的現象があるとは新発見です。
周囲の魔物の死体は私とキョウさんの世界を演出する為のモノに過ぎない、キョウさん、キョウさん、何時でも強請って良いですよ?私が生きてる限り飲み放題ですから。
「ぐろりあがこんなにおいしいなんて、どうしておしえてくれなかったのぉお」
はっはっ、息が荒い、キョウさんは泣きながら不満を訴える。
どぉして、どぉして、どぉして、あああ、本当にどうしてでしょうね?
「ごめんなさい、私は腹黒いので今まで秘密にしていました♪」
だから出会った頃のように邪笑を浮かべてキョウさんの頭を撫でた。
見下しているのに見下されているような奇妙な感覚、だって今の私は餌なのだから。
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