第205話・『洞窟の奥まで行かなくても本当は餌あるんですよ、私の体に、私の傷に、私の血が』

洞窟の奥に浜辺がある事に驚いたが問題はそこでは無く現在進行形で腐敗した死体のような魔物に襲われている事実だ。


白い砂浜の底から出て来たそいつ等は酷い悪臭と醜悪な姿で襲い掛かって来る、あまりの臭さに軽い吐き気に見舞われるが先程よりはマシだ。


こいつ等云々よりもエルフライダーの習性で餌を前にして胃の中のモノを吐き出す方が辛い、強制的に吐き出したあの感触を思い出して苦い味が広がってゆく。


グロリアは舞うようにして剣を振るう、一緒に戦うのは久しぶりだが反応速度も技術も俺を上回っている、白銀が煌めく度に敵の異様に膨らんだ体が細切れになって浜辺へと落ちる。


「うああああ、彼女が俺より強くてマジ凹むぜ、少しは俺の分を残しとけっ」


「はっ?そんな事を言う余裕があるならもっと頑張って下さい、剣筋が乱れてますよ?」


「うるせぇ!す、少し緊張してるの!」


「きんちょう?」


嘲るようなグロリアの笑みは久しぶりだ、口を三日月の形にしてクスクスと笑う、笑い声が響けば敵は死ぬ、手の甲を怪我しているはずなのにそれを全く感じさせない動きだ、敵が腕を振り上げた瞬間に腕が飛び首が飛ぶ。


敵の初動を目で確認した後にそれよりも素早く斬り落とす、あまりに現実味の無い光景に少し眩暈がする、俺は多くの能力を開放して敵を処理する、しかしキョウの言葉もあるのでグロリアが知っている能力しか見せない。


グロリアが敵になる事は無い、それは俺にとって当たり前だがキョウにとっては当たり前では無い、それに味方でも全ての能力を曝け出すのは色々と不都合がある、今はキョウの言葉を黙って聞き入れて言われた通りにしとくか。


「無色器官ちょー便利っっ」


背中から展開させた無色器官を鞭のようにしならせて敵に叩き込む、相手の攻撃は一切受け付けずに一方的に干渉する無色器官、その硬度は地上のあらゆる物質を凌駕する、敵に触れた瞬間に面白いように肉片が四散する、く、くしゃい。


水死体にしか見えないけどエルフモドキに操られているのか?どのような手段を使っているのかわからないし実際に襲って来る、もし元々が人間の死体なのだとしてもどうしようも無い、こうやって細切れにして処理する他無い、ごめんな。


まず予想と違ったのが体が大きく膨らんだ水死体なのにその動きがまあまあ俊敏だって事だ、肉体の状況を無視して何者かに強制的に操られているのだろうが何だか納得出来ない、レベルの低い冒険者なら見た目で判断してあっと言う間に殺されちまうぞ・


「いいですね、私も欲しいです、炎水やクロリアのモノですよね?」


「そうそう、おかしなシスターの使徒と同じ特殊な器官、凄いだろう、ふふん」


「自慢しているキョウさんがおバカ可愛いですね」


「おバカって何だ!おバカじゃねぇーし!こんなにすげぇ器官持ってるのにおバカなわけねぇーし!」


「語れば語る程に可愛い、ぷぷ、必死です」


にやにや、必死な俺を嘲笑うグロリアの態度に苛立ちが高まる、しかし油断した俺の背後から襲い掛かって来た敵の首がグロリアの剣によって鮮やかに弧を描きながらさらに後方へと飛んで行く、く、くそぅ、助けてくれとは言って無いし!


グロリアの剣術は見ていて参考になる、敵が両腕で身を庇ったせいで刀身が腕に沈み一瞬の隙が出来る、手助けしようとしたら食い込んだ刀身を支点にして柄を相手のブヨブヨに膨らんだ腹に叩き込む、まるで振り子のように勢いのあるソレは容易に腹を四散させる。


そのまま次の相手に向き直るグロリア、銀色の髪は暗い洞窟の中でも鮮やかに輝いている………血が舞うような世界でグロリアの完全な美しさは全く損なわれる事は無い、見惚れている場合では無い、無色器官による鞭で周囲の敵を一網打尽にするぜ。


この魔物の材料となる水死体はどうやって集めたのだろう?


「これぐらいか?」


最後の一匹を粉々にして俺は呟く、雑魚は雑魚だが数は多いし臭いは最悪だし精神的に疲れた、グロリアは漂流物である木材で粉々に砕かれた死体を突いている、中腰になって何だか可愛いがやっている事は死体の蹂躙だ、し、シスター?


それでも波によって幾つかの死体は流されて消えてゆく、俺の吐瀉物と同じように魚の餌になるのだ、この死体がどのような秘術で操られたモノなのかはわからないが自然の摂理の前では肉塊に過ぎない、血は水の中に広がり油は水面に広がる。


それを透き通った水と白い飛沫が分解して奪い去ってゆく。


「これですね」


グロリアが手にしたのは小さな貝殻だ、魔力の残滓を僅かばかりに感じるだけで特別なモノは感じない、こんなゴミのような魔力で死体を操れるのか?小さな貝殻に刻まれた術式は見た事の無いものだ。


「さて、あと一息ですね、自分が洞窟の奥底で眠っている間の護衛用として使役したのでしょう」


「それならもっとまともな奴を使役すれば良いのに、水死体を操るなんて気持ち悪いぜ」


「材料なら海底に幾つでもあるのでしょう」


グロリアは笑う、手の甲から血がポタポタと落ちる、水死体の血と違って鮮度のある色彩、見ただけで新鮮だとわかるソレ、ぎゅるるるるるるる、お腹が鳴る、あ、さらに奥に、もっと奥に行かないと、我慢が出来無い。


血、ちぃ、グロリアのち、ち、それはそれはどんなあじなのでしょうか、このまま這い蹲って血を舐めたい、血が染み込んだ砂をばくばく、じゃりじゃり、食感も加わっていいんじゃないかな、そうだよな、いいんだよな、いいい。


「同じように、キョウさんの餌ならこの世界に幾つでもあるでしょう?ここにあるように」


手の甲に穴がある、血が出てる、そこに餌がある?


それ、えさなの?


えさ。

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