閑話152・『あいつは昔から変態だったけどアタシは変態では無い』

なるべく否定しないようにしている、だけどキョウの為を思えば時には否定したり拒絶する事も必要だ。


湖畔の街の水辺でうたた寝をしていたアタシはキョウの声で覚醒する、ああ、もう来たのね、そうでは無く何て言った?


ピクピク、エルフの耳は少し意識するだけで大きく動く、キョウはこの所作が好きで目を輝かせる、食欲が刺激されるのかしら?エルフライダーだし。


キョウの好きな仕草で何とか誤魔化そうとする、だけどキョウは同じ言葉をもう一度呟く。


「呵々蚊について教えてくれ、何でも良いぜ、前回殺されかけたからな」


「あの変態についてね、なるべく語りたく無いものだけど」


「えぇー、キクタしか頼る相手がいねぇんだよ、キョウも嫌がるし、頼むぜ!」


「良いわ」


キョウにお願いされると胸がときめく、そして鼻の奥がツーンとする、鼻血は炎水だけで十分のはずなのに、しかしあの変態について語る事になろうとはね、そもそも最初は変態では無かった気がするような。


何時から一緒にいたかしら?過去の記憶はキョウとの思い出に彩られていてその付属品であるあいつについては僅かばかりの記憶しか無い、その僅かばかりの記憶が普通の人間からしたらかなりの思い出なのだろうけど。


「呵々蚊に弱点は無いのか?あいつのナイフ捌き人常じゃ無かったぜ」


「あー、手癖の悪さは昔からね、キョウに喜んで欲しくて盗品ばっかり持って来てね、良く叱られていたわよ」


「え、叱るのか俺?」


「そりゃもう、それでものほほんとした顔で平然と働いたお金で買って来たって嘘を言うのがあの子、平気なのよ、大切な人に嘘を言ったり騙したりする事がね」


そこはアタシとレイと違うわね、二人揃ってキョウに説教されれば落ち込んで凹んでいた、あいつはアタシの事が大嫌いだったろうけど残念な事に思考パターンが似てるのよね、選択肢を幾つも用意出来ずに極端な方を選ぶ所とかね。


だけど呵々蚊は違う、レイはかつてのキョウを生き返らせようとしている、アタシは今のキョウを幸せにしようとしている、だけどあいつはキョウを殺して全てを終わらせようとしている、それはアタシやレイでは選べない選択肢。


羨ましいとは思わないけどあいつがあいつなりにキョウを想って生きて来たのはわかる。


「そうそう、初めて会った時は快活で真面目な職人タイプに思えたもんな、騙されたぜ」


「あれは別に騙しているつもりじゃ無いと思うわよ、のほほんとしてお喋り好きなのも昔と同じだしね」


「せ、戦闘中にキスして俺の唾液に含まれる細菌について語るのも昔からなのか?」


「なにその恐ろしい展開、え、アタシが寝ている間にそんな事があったの?」


「あったぜ!ちゅーされた!唇奪われた!もー!」


「う、うそ、うそぉ」


「いてててててっ、口元を強引に拭うなっ!」


「し、消毒しないとっ、へ、変態の細菌がキョウを汚染して赤ちゃん産めなくなっちゃう、アタシの赤ちゃん」


「ん?ん?」


「ほら、綺麗になったわよ、ふふ、呵々蚊は何時か殺す」


「ん?」


何かわからない事があったのかキョウは何度も首を傾げながら確認する、どうしたのかしら?しかし呵々蚊の奴め、油断も隙も無いわね、今まで我慢して来た感情が一気に溢れ出たのかしら?


アタシに遠慮していた癖に、そもそもあいつ自身も自分の感情をちゃんと把握していない、路地裏を出る時はキョウでは無くアタシを選んだのにね、それが一生の後悔になって亡霊と成り果てている。


「お、俺は赤ちゃん産めないぜ、男の子だもん」


「それは呵々蚊にキスされたからでしょう?ほら、もう消毒したから産めるわよ?」


「う、うめない」


「良かったわね、赤ちゃん好きだもんね……」


諭すような口調で呟くとキョウは項垂れてしまう、からかい過ぎたかしら??今のキョウだとどうなのかしらね、産ませる事は出来るのかしら?産む事は出来るのかしら?


おかしいわねキョウ、相手に無理矢理自分を産ませたり相手を取り込んで自分の娘に再加工する事は出来るのに、自分の赤ちゃんはどうなのかわからないなんて、本当に不思議な生き物。


「う、産んだらぁー!」


「じ、冗談だってば」


顔を真っ赤にして螺旋状になった瞳のまま叫ぶキョウを見て焦る、ご、ごめんなさい。


あ、呵々蚊はちゃんと殺すからね。

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