閑話150・『発酵幼女』

命を狙われるって事は相手がそれだけ自分を意識しているって事だ、愛し愛されるの関係のように殺し殺されるような関係もありかもな。


襲来は突然で邂逅も突然、ファルシオンを抜いて外に飛び出る、グロリアの存在は認識しているよな?だからグロリアがいない時を見計らったのか?


獰猛な笑みが浮かぶ、有明の月は今にも消えそうで光も儚い、ひひ、俺のモノでは無い声、何処か間延びしたようなソレには殺意がたっぷりトッピングされている。


頬が裂けて血が舞う、元々は魔剣や魔法の付与された装備品の店を構えていた癖に普通のナイフかよ、血を拭うと生暖かい感触が頬に広がる、宿屋の客を起こしてしまうのは申し訳ねぇわな。


裏山に向かって疾走する、気配は消えずに俺の背中を追い掛けている、何かが飛来するのが直感でわかる、何かを俺に当てようとしている、ファルシオンは刀身の幅が広い、音に合わせて振り回す。


致命傷になる怪我で無ければすぐに再生する、問題はそれよりも俺が飛翔する物体に気を取られている間に接近される事だ、速度を落とさずに乱暴にその場を切り抜けようとするが横腹に鋭い痛みを感じる。


「イテェ、なんだ、コレ」


『鉄の破片だねェ、相手はアレでしょう?キクタを出そうか?』


「いい、あんな輩にキクタを見せる必要なんてねぇぜ」


大きな気配が背中越しに襲い掛かろうとしている、投げ技はもう終わりか?思った以上の速度に少し驚く、そもそも俺はこいつの職業を知らない、だけどキクタの口から勇者の元仲間だった事実を聞かされている。


一筋縄ではいかねぇよな、振り向きざまにファルシオンを叩き込むがその刀身を軽々と蹴飛ばして宙に舞う、まるで曲芸のような動きに目を瞬かせる、敵の体重が一瞬付加された反動で刀身が大きく沈む、体が前屈みになる。


夜の山は暗くて視界が悪い、あらゆる障害物が黒く染まっているし今は有明の月、残月とも呼ばれるソレは極端に光を失った月、視界がさらに狭まり光を喪失する、悪条件は相手も同じはずなのに妙に生き生きしてやがる、ムカつく。


地面に沈んだファルシオンを持ち上げるのを利用して宙に舞うそいつに石飛礫をお見舞いする、お見舞いするつもりだったが腐葉土だったので土も軽い、視界に入ろうとするソレをナイフで手早く処理する、降り立ったと同時にニコリと笑う。


胡散臭い笑み。


「ナー、もう再生しているナー、ちゃんと殺して上げれなくてごめんナー」


「やめてくれよ、ストーカーはお断りしてるんだぜ、俺もキクタもな」


「大丈夫ナー、呵々蚊は愛の奴隷ナー、キョウの奴隷ナー、だからちゃんと殺されて一緒に死のうナー、三人一緒♪」


「ちっ、この」


「幼馴染三人は何時でも一緒♪」


腐葉土の地面は力むのに適さないばかりか反動を吸収するので移動にも不便だ、しかし爪先だけで地面を小刻みに蹴飛ばしながら移動する呵々蚊には関係の無い話らしい、何の装飾も無い命を狩る為だけのナイフが闇夜に舞う。


刀身が短く黒く塗られたナイフは手首の返しによって様々な軌道を描く、ファルシオンの隙間を縫うように俺の体を傷付ける、これだけの手練れに鈍重なファルシオンでは無理か、投げつけながら身軽になった我が身を確かめる、当然ファルシオンは避けられる。


ナイフそのものより持ち手以外の手足の動きの方が恐ろしい、ナイフを精神的に相手を威圧する最小の盾にして他の四肢を使って俺の体を痛めつける、右手のナイフで攻撃したかと思ったら右手で俺の攻撃をいなしつつ関節を極める、腕がどうなろうと心臓刺されるよりはマシ。


そのまま呵々蚊の小さな体を持ち上げて地面に叩き付ける、腐葉土の絨毯はそれを優しく包み込む、片腕がおバカになっちゃったけどどうでもいい、流石に頭を踏み付ければダメージもあるだろうと片足を持ち上げた瞬間に足払いをされる。


「流れのままにエルボー」


腹に叩きつけると奇妙な悲鳴を上げながらそそくさと移動する呵々蚊、もっとグリグリしたかったのに残念だ…………速くて強いのはわかっていたが危機回避能力が異常だ、止めを刺そうとしたら一瞬の隙を突いて逃げ出してしまう、しかも置き土産までして。


太ももから溢れ出る血が生暖かい。


「き、キョウが呵々蚊のお腹を狙ったナー、あ、赤ちゃんを産めなくしようとしたナー、つまり呵々蚊は赤ちゃんなんて産まないで私だけを見てよって意味ナー、う、嬉しい」


「脳味噌腐り過ぎだろ、くせぇんだよ」


「く、腐った脳味噌の呵々蚊でも大好きだよって、つ、ツンデレナー、嬉しいナー、あっ、いく」


「やべぇな、誰か助けてくれ」


『き、キモいねェ』


キョウが俺に同調するように呟く、怯えているのか?ナイフを気軽に振り回しながら肉薄して来る呵々蚊、ナイフをナイフとして扱うだけでは無く体の延長として関節技に用いてくる、体よりも硬度のあるソレはより効率的に人体を極める事が出来る。


接近させたくねェ、ぶらぶらとぶら下がる右腕を見て改めて思う、柄頭を顎に当てられたショックで意識が少し混濁する、ええい、殺せ殺せ、そしたら唇に生暖かい感触、キスされたと思った瞬間に折れた腕を鞭のようにして頭部に叩き込む。


イテェ、キメェ。


「ふふ、き、キス、キスしたナー、き、キクタとキョウと、キョウ、キョウ、ああああ、口内がキョウの細菌を取り込んで発酵状態」


「お、おまえ」


見る、眉の上で一文字に切り落とされた前髪、腰の辺りで同じように直線に切られた髪、それもまた口調とは別に整然としていて生真面目な雰囲気を見る者に与えていた、それも過去の話だ、どれだけ整った容姿でもこれはちょっと。


明るく濃い青紫色の瞳、二藍と呼ばれる色合いをした瞳には狂気が見える、完全に目が逝っちゃってるぜ?隈が凄まじい、お、俺達の事を考えて寝ていないのか?最初会った時は快活でお喋り上手な女の子だと思っていたのにコレだぜ?


狼狽える俺を見て首を傾げる、、紫檀(したん)や紅木(こうき)のように赤みの強い紫黒の髪がサラサラと肩に流れる。


「に、逃げる」


『に、逃げよう!』


麒麟の細胞を全開にして脱走する、何だか背後で喘ぎ声が聞こえるが気にしない、今まで色んな敵と戦ったがコレは今までに無いものだ。


「ああん、待つナー」


待つわけねぇだろ!歯磨きしたいっ!


発酵しちゃう!

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