第204話・『そんな風に笑わないでよ、俺のようで気持ちが悪い』

洞窟の奥は深い、魔物もいないので自然と会話も進む、グロリアは知識が豊富なので話していて楽しい、こうやって同僚や部下を口説いていたんだなと思うと自然と視線も鋭くなる。


グロリアはそんな俺の心の内を知ってか知らずがペラペラと俺を楽しませる為に会話を進める、俺が喜ぶ話題を率先して話すだけでは無く会話の間に俺を褒める、う、浮かれないけどな。


声は聞こえない、しかし気配は強くなる、あまり攻撃的な気配では無い気がする、俺とグロリアが揃っているのだ、苦戦はしないだろうなと心の中で呟く、でもしっかり運動した後にご飯食べたい。


ザーザーザー、波の音と視界が乱れるのが同時に押し寄せる、軽く吐瀉をして体を折り曲げる、餌の気配を、エルフの気配を察知した途端に体が余分なものを外に吐き出させる、おぇ、おぇ、エルフを食べろと俺に命令する。


膝を水面に落とすと波紋が徐々に広がってゆく、吐瀉したものは海面へと広がりやがて海底へと沈んでゆく、グロリアが慌てて駆け寄る、俺は何度も吐き出しながら何とか応えようとするが絶え間ない嗚咽がそれを邪魔する。


「え、えるふ、えるふ、えるふだ、におう、おぇ」


鼻の奥に刺激臭が広がる、やがて吐くものも無くなり胃液が垂れ流し状態になる、何とも言えない苦い味が広がって嫌悪感がさらに促され体が折れ曲がる、涙を流しながら吐瀉する俺の背中を擦るグロリアの手つきは優しい。


「キョウさん、これで全部ですか?」


「お、おう、もう何も出ないぜ、ふ、拭くのは自分で出来る」


「いえいえ、拭かせて下さいな、私の我儘を聞いてくれないのですか?」


「な、なら良いけど、ハンカチ汚れちゃうぜ」


「ハンカチは水滴や汚れを拭くものですから何の問題もありません」


見るからに高そうなハンカチで俺のゲロの始末をするのか、申し訳ないんだけどグロリアが望むのなら仕方無い、されるがまま言われるがままだ、吐瀉したモザイク仕様のソレを小魚が突いている、俺のゲロがお前達の栄養になるのか?


奇妙な感動を覚える、俺のゲロを捕食したこいつらは俺の子供と言っても良いぜ、フグよ、カワハギよ、何か似たようなメンバーよ、大きく育てよ、俺はもうゲロが出ないからお前たちに餌をやる事は不可能なんだ。


「せめてグロリアも貰いゲロをしてくれたらな」


「キョウさんの思考回路って腐り果ててるんですか?答えて下さい」


「バカ言え、俺は異種に対して深い愛情を持って接しているだけだ、その最善の手がグロリアのゲロなんだ」


「………………」


「ホントだぜ、ホントだぜ、俺を信じてくれ」


「キョウさん、こっちの方が近道のようですよ?」


「おっ、無視か、よしよし」


鮮やかに流されたので黙って受け入れる、足の甲をグリグリ踏まれて痛みで悶絶するが仕方無い、ちっ、冗談の通じない奴めっ、心の中で罵りながら足を進める、六角柱状の柱状節理で構成された空間は何処か神秘的で涼しげだ。


濃厚になる気配に体が捕食用に切り替わる、あああ、でも捕食するまで理性が保てるだろうか?少し不安になる、自分自身の理性ほど信用出来無いものは無い、溢れ出る涎を無造作に拭きながらグロリアを見る、グロリアの包帯を見る。


血の滲んだ包帯を見て何故かお腹が急激に減る、だめだめだめ、グロリアは俺の愛しい彼女であってご飯では無い、でもグロリアもご飯も大好き、あーーー、両方大好き、両方美味しい、あーーー、両方同じ、同じって食える、食えるって同じ。


「食える、いや」


「キョウさん、私を食べたいのですか?」


全てを見透かすようなグロリアの瞳、どうしてわかったのだろうか?青と緑の半々に溶け合ったトルマリンを思わせる美しい瞳が探るように細められる、たったそれだけの事なのに叱られたかのように委縮する、俺は何を考えていたんだ?


もしかしてこの衝動が完全にコントロール出来無くなると『失って』しまうのか?かつてのあの人達のように、かつての彼女たちのように、あの幼馴染と言った少女のように、馬鹿馬鹿しい、俺の初恋はグロリアだ、余計な事は考えるな。


ぽちょん、天井から水滴が落ちてくる、鼻の頭に当たったソレで失った理性を急激に取り戻す。


「食べたくないよ、何だよ、食べたいと言えば食べさせてくれるのか?」


「そうですねェ、飲ませる事なら可能ですよ」


「のま、せる?」


「キョウさんの精神はまだ赤ちゃんですからお肉をガブガブ食べるよりミルクをペロペロ舐める時の方が重要な時もあります」


あまりに抽象的な物言いに俺は何も答えられない、ああ、開けた場所に出る、あそこに餌がいる。


グロリアは包帯を解きながら笑う、とてもとても優しい笑みでグロテスクな傷口を見せつける、思った以上に深い傷に思考が停止する、まるでナイフで抉り回したかのような傷口。


「私の右手が哺乳瓶です、あは」


ぐろ、りあ。


どうしたの?――――――まるで、俺のように、壊れた俺のように笑わないでよ。

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