第201話・『眩しいモノは怖い』

雀の鳴き声は何処にいても変わらない、目覚めは突然で上半身を持ち上げて伸びをする、ちゅんちゅんちゅん、ご機嫌な雀の鳴き声を聞いて俺もご機嫌になる。


雀を捕まえて朝飯にでもするか、串焼きにして骨ごと食うと美味しいんだよな、海も近いし釣りに出かけても良い、岩場が沢山あったから隙間に糸を垂らせば根の魚が何か釣れそうだ。


首を左右に振って体調を確認する、何だか凄くいい、良過ぎる、昨日何か美味しいものを食べたような気がするが何だっけ?すーすーすー、ベッドに上半身を預けて静かに眠るグロリア。


手の甲に包帯を巻いていて何処か痛々しい、昨日何かあったっけ?そうそう、女の泣き声がする洞窟にグロリアと一緒に行こうって約束したんだっ!今日は晴天、後で一緒にお出掛けしような。


グロリアを抱き抱えてベッドに寝かせる、こんなに疲れているグロリアは珍しい、急ぎの仕事も無いし寝かせて置いてあげよう、宿の外に出ると太陽が自分の存在をこれでもかと主張している、海沿いを歩きながら欠伸をする。


「ふぁ」


手持無沙汰もあってキラキラと輝く水面を見詰める、俺の故郷には海は無かった、だから何度見ても感動するし慣れる事は無い、こんなにも広くてこんなにも青い、空と海は広くて青いからきっと兄弟だなと納得する、大荒れすると怖いのも同じ。


既に漁を終えた漁師が浜辺で獲物の選別作業をしている、邪魔にならない距離で岩に座り込んでソレを観察していると年上の男性に急かされるように背中を叩かれて一人の少年がやって来る、少し年下に思えるが日焼けしていて逞しい、自分の貧相な体が恨めしい。


「し、シスター、こ、これ………お、親父に言われて」


ざるに入った魚を見て目を瞬かせる、泊まった宿屋は寝床と台所を提供するだけで食事は出ない、さあ、どうしようかと思っていた矢先に新鮮な魚を渡されて驚く、お、お金持っていたっけ?慌てて財布を取り出そうとすると手で制される。


「お、お代はいりません、あ、余りモノですし、あの宿屋ってケチって食事は無いでしょう?」


「う、うん、でも、わ、悪いよ」


「だ、大丈夫ですっ!ぼ、ぼくは親父の手伝いがあるのでそれじゃあ!あと日差しが強いからあまり出歩かない方が良いですよ、せ、せっかく綺麗な白い肌をしてるのに……こんなに白い肌を見たの初めてだ」


「え、あ、そぉ?ほ、褒めてくれてるの?」


「勿論っ!」


足早に去って行く少年の背中を見詰めながらどうしたものかと息を吐き出す、魚の事では無い、心臓がバクバクと鳴り響いている、田舎の少年って言葉がストレートでくすぐったい、顔が真っ赤なのは何も太陽の日差しだけが原因では無い。


これは浮気に入らないよな?何だか男の子に抱き付いてからかっている時よりもグロリアが不機嫌になりそうな気がする、それが何でなのかはわからない、ざるの上で太陽の光を浴びてキラキラと輝く魚たち、美味しそうだがざるの方も気になる。


使い込んでいてかなり傷んでいる、ざるは竹を細目に薄く裂いたものを網状に組む様にして編んで作る、しかしこのざるは網目が幾つかほどけてしまっている、材料があれば直せるな、魚のお礼に村に滞在している間に直そう、森の方に竹が生えてたような。


脱穀に使われるざるのようだがこの村に畑は無い、商人から安く買い取ったのか?雌竹(めだけ)で編まれているようだが何だか懐かしい、最近では植栽される事も減ってそこら辺で野生化している、美しくしなやかな姿が女性に似ている事から名付けられた美しい竹だ。


「商人から買ったわけでは無く昔は植栽もしてたのかな?後で聞いて見よう、勿体ないなァ」


笹としてはかなり大きな部類になるが世話をするのが億劫で放置する農家も多い、俺は割と好きだけどな、人間が勝手に植えて飽きたらはいそれまででは可哀想だ、ふぁ、少し眠いけど手遊びをするぐらいなら大丈夫だろ、しかし昨日の記憶がほぼ無い。


なのに満たされている、充実している、夢の中でとても美味しいものを食べた気がする、これさえあればエルフも何もいらないと思うほどに、だけどそれが何なのか全く思い出せない、あんなに美味しいものなのに忘れてしまうだ何て勿体ない話だぜ。


「しかし可愛い男の子だったな、グロリア以外に褒められた時はそんなに嬉しく無いのに」


胸を押さえるとまだドキドキしている、純粋な言葉は安易に俺の胸をかき乱す、だけど何処かでグロリアに申し訳ない気持ちがある、このお魚を料理して朝食を作ってあげよう♪森に生えている竹は確か同じ雌竹だったけど品種も同じ方がいいよなあ?


雌竹はその品種も多様だ、高級仕様のものから量産仕様のものまで様々だ、流石の俺も使い古したざるから品種まではわからない、直接見比べて確認しないとな、浜辺で子供たちと飼い犬が遊んでいる光景が酷く眩しくて逃げ出すように宿の方へと戻る。


お、おかしいな、何だろ、この気持ちは?何だか恐ろしくなって忘れるようにざるを見る、う、うん、直せる直せる、改良されるの前の純粋な雌竹の段階で既に多くの呼び名がある事からこの竹がどれだけ人間の暮らしに寄り添って来たかわかる。


女竹(めだけ)、苦竹(にがだけ)、川竹(かわだけ)、ナヨタケ、オンナダケ、地域によってはもっとあるかもな、多年生常緑笹の一種なので人間にとって都合が良かったのだろう、元々は川の近くや海辺の丘陵などに群生するらしいが人の手で大陸中に広がっている。


「う、浮気じゃない、浮気じゃない」


修繕する箇所を確認しながら歩く、雌竹の筍皮はかなり特徴的で緑暗色か白黄色のどちらかだ、鮮やかな緑色の無毛な姿は幼い少女のように美しい、艶やかな円筒形で中空の稈のほぼ中程まで長さがある、それは落ちる事無く何時までも稈に残るのだ。


稈は異様な程に柔軟性があり粘りも強烈だ、高級な品種は篠笛や煙管などに使われて量産仕様の品種は竹細工に加工される、つまりこれは量産品のざるなので高級な品種では無い、うんうん、グロリアに聞けばすぐに教えてくれそうだ、何でも知ってるグロリア!


青女竹(あおめだけ)、白縞女竹(しろしまめだけ)、黄筋女竹(きすじめだけ)、葉変わり女竹、ウタツメダケ、アカメメダケ、さあ、どれだっ!品種が多すぎて少し頭が痛くなるけどまあいいや。


「ただいまー」


「キョウさん、お帰り」


「男の子の綺麗だって言われたぞ、浮気じゃないからな!」


「ぷっ、何ですかそれ」


既に着替えを終えたグロリアが俺を見て眩しそうに目を細めた、あの少年と同じ瞳だった。


どきどき。

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