第200話・『私のキョウ』

この一部を見るのは初めてだ、小さな体に恐ろしい魔力を秘めているのがわかるが顔面は蒼白で五本の指は全て噛み千切られて白い骨が露出している。


じゅぶじゅぶと泡立ちながら再生しているようだが激痛なのか顔を顰めている、恐慌状態のキョウさんをベッドに括り付ける役割を進んでするのを見て僅かに好意を持つ。


とても優秀な一部のようだ、こうなるまでの経緯を手短に話しながらキョウさんをあやす、まるで母親のような振る舞い、キョウさんは泣きながら首を振るだけでまともな状態では無い。


歩行まで出来無くなるとは思わなかった、彼女の話だとキョウさんの肉体を優先して余分な神経を切断しているらしい……その全てを取り込んだ新たな一部の処理に使っているとか、指示をしたのは女の子のキョウさんかクロリア。


前者はまだ許せるが後者にそこまでの権限がある事に違和感がある、それとも私のクローンだから甘やかしているのだろうか?どれだけ私が好きなんですか、勘違いしないで下さいよクロリア、キョウさんの貴方に対する好意は私のおまけですよ。


「少しは落ち着いたようデス、レクルタンも中に戻って回復する為の手助けをするデスよ……なるべく早くエルフを補給させるデス」


「へえ、貴方は優秀な一部のようですね、高位の魔物ですよね?」


「知ら無いデス、この子のレクルタンデス」


「過去に意味は無いと?ふふ、さっさと戻って私のキョウさんを回復させて下さい」


「………貴方もこの子も過去を見過ぎデス、過去には何も無いデス、それでは有意義な時間を」


諭すような口調で私の心を僅かばかり揺さぶるキョウさんの一部、私が過去を引きずっていると?キョウさんを新たな神にする計画を彼女は知っている、キョウさんの中でキョウさんと同じものを見て感じているのだから当然でしょう。


だとすればこれはキョウさんの本音?キョウさんは私が仕事をしている時は干渉して来ない、ここまで深い仲になったのに私の仕事を自分よりも優先させる、それは計画にも同じ事が言える……キョウさんは自分の体がどうなろうが計画を優先させる。


まるで無垢な子犬が自己を犠牲にして私に仕えているような錯覚、頭を抱えて椅子に座り込む、寝息は穏やかだが寝顔は何処か悲しそうだ、私は何がしたいのでしょう、ここまで大切な存在が出来たのも初めてだし計画を叶える為の存在と出会ったのも初めてだ。


何を優先すべきかわからなくなる、今まで様々なモノを犠牲にして来たのにおかしな事だ、自分の手が震えている事に気付いて違和感に首を傾げる、これは何の震えなのだろうか?


「なん、でしょう、これ」


「――――――――――――」


ぞくり、背筋が凍る、何か恐ろしいものに心を握られたような感覚、心臓が激しく鼓動する、血の気が引いて眩暈がする、自分に起こった現象が何なのかわからずに体を僅かばかり縮ませる、両腕で自分の体を抱き締めるようにして暫くそうする。


キョウさんの寝息を聞いていると心が休まる、ああ、エルフをあげないと、こんなキョウさんは嫌だ、嫌です、胸が痛い、エルフをあげれば元気になりますよね?エルフライダーですものね、ああ、そう、そうなんですよ、きっと、ああ。


頬に流れるものが何なのか理解したくも無い、裾で強引に拭いながらキョウさんを見詰める、随分と幼い表情をするようになった、シスターの容姿は年齢よりも随分幼く見えるものだがキョウさんは特別だ、穏やかな寝息、震える手で額に触れる。


キョウさんが少し笑う、私の震えもやがて無くなる、静かな時間が流れる、あの一部と一緒にお出掛けしたかったんですね?キョウさんは小さな村で育ったから外の世界を見るのが大好きですものね、今度は私と行きますか?


「声のする洞窟ですか」


確か海の航路上の岩礁に隠れて美しい歌声で航行中の人間を惑わす種族がいたような気がする、エルフと近種だと物の本で読んだ覚えがある、エルフの集落に間に合わないのならソレを捕食させてあげましょう。


恐らく洞窟の主はそれでしょう、遭難や難破を引き起こす害虫、海に住むエルフとも呼ばれているがある時期を境に数が激減したはず、魔王側に味方して大量に駆除されたのだ、本で読んだ地理ともばっちり合う。


幸運な事にその生き残りがいた事でキョウさんは助かる、私のキョウさん、私がちゃんとお世話をしないと、ごめんなさい。


「うぅ、どこぉ」


「宿屋の一室ですよ、何か飲みますか?」


「ち、血」


「はい」


自分でも驚きなのだがキョウさんがそう呟いた瞬間に果実を切ってあげようと用意していたナイフを手の甲に突き刺す、シスターの体は見た目の華奢さと違って強靭だ、しかし痛みは感じる。


貫通したナイフの刃先から血が滴り落ちる、慌ててキョウさんの口元に寄せると恍惚とした表情でペロペロと血を舐める、自分の体の一部がキョウさんの体に吸収されて栄養になりその体を構成する。


想像したら体が熱くなる、息苦しい。


「おいし、おいしい、もっと」


「はいっ」


ナイフを抉るようにして回転させるとダバダバと血が溢れる、それを一心不乱に舐めるキョウさん、瞳は虚ろで声に生気は無い、だけど食欲は十分なようで何度も何度も強請る。


痛みを超越した充実感で私は気がおかしくなる、何度も何度も抉る、何度も何度も餌を与える、元気になって、元気になって、元気になって、私の可愛いキョウ。


「キョウ、キョウ」


「ん」


私だけのキョウ。

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