第198話・『たんたんママと月見をしながら首絞め、絞める、しめ、しね』
エルフの集落の情報を得る為に立ち寄った村で奇妙な噂を聞いた、何でも真夜中になると浜辺の方から女の泣き声がするらしい、実害はほぼ無いとか、朝の早い漁師には少し迷惑らしいけど。
村の男達で浜辺を探索したらしいが何も見付からなかったらしい、グロリアはおかしな事もあるものですねと薄く笑った、あ、何の興味も無い表情だ、自分の利益にも俺の餌にもならない事案。
冒険者なら立ち寄った村でトラブルがあるのならちゃんと解決しようぜ?ふんすふんす、鼻息荒く力説したが『そのカタカタ鳴るファルシオンと一緒にお好きにしなさい』と言われた、ファルシオン、お腹空いたか?
「なので酒を飲みながら夜泣きが始まるのを待つ」
「…………お酒は飲み過ぎては駄目デス」
「うるせぇ!ばーか、ばーか、ばーか!」
「ぁぁ、レクルタンの赤ちゃんは今日も元気にレクルタンを罵りマス、もっと不甲斐無い母親を罵って下さいデス」
「しね、ばか」
抱き締めたレクルタンを魔力を増幅させて締め上げる、肺から酸素が奪われて苦しそうに虚空を見詰める母親を観察する、今の俺は不安定だ、戦闘に入ったらまともに戦えるかわからん、精神の安定を欠いている?
グロリアが言っていた、グロリアの言葉は何でも信じるぜ、無自覚だが自分自身を疑って信用しない、土煙色になるレクルタン、あれ、こいつは護衛用に出産したんだよな?こいつから出産したのが俺で今回出産したのが俺?
浜辺で出産とは海亀か?いたいいたい、頭痛が激しい、頭の中にきっとカブトムシがいるんだ、幸せだなァ、しかしお腹が空いた、向こうの方からエルフの良い匂いがするけど後一日は歩きっぱなしで行かないとな、そうだなぁ。
「っあ、せ、精神が不安定デス?」
「しねぇ、しねぇ、しねぇ、しんじゃやだ、そうだ、そう、お腹が空いたのにお前具現化したせいで余計に力を使った、あやまれ、あやまれ、つらいんだぞ、かわいそうなんだおれ」
「はいはい、レクルタンが全て悪いデス、赤ちゃんは何も悪く無いデス」
「おまえのさいぼうがわるいんだ、おまえがははおやだからわるいんだ、おまえの、おか、おかあさん、ふふ」
「あのシスターに任されたって事デス、ふふ、二人っきりとは幸せデス」
「しね」
「ふふ、ちゃんと上手にレクルタンを殺せマス?」
砂浜海岸と呼ばれるやや特殊な環境、、泥や礫などが細流する事で構築される事が多いが破砕した様々な物質が堆積した場合でも構築される、細かい砂では無い感触にやや戸惑いつつもちゃんとレクルタンの首を絞める。
だけどどうしてか思うように殺せない、あ、あれぇ、あれ、両手を見てワタワタしている俺を吐瀉しながらも優しい瞳で見詰めているレクルタン、胃の内容物は俺と同じか、俺の中にいたんだもんな、ああああ、吐瀉する顔も可愛い。
俺が絶対に守るからなっ!レクルタンを傷付けるような輩がいたら俺が殺してやるぜ!ぺたん、お尻を地面に落とすと何だか痛い、砂を手に取る、サンゴの細かい破片や有孔虫殻と思われる生物の遺骸の堆積物が手の上に広がる。
「あはは、変な海岸」
「ハァ、っ、赤ちゃん、楽しいデスか?」
「楽しいです、楽しいです、知らないモノを見るのは楽しいよ!ここ変な場所だなぁ、女の夜泣きもするんだって、あはは」
「海岸侵食を主体として構成された海岸デスね、うぇ」
「どうした?気分悪いのか?頭悪いのか?」
「はは、大丈夫デスよ、こっちにおいで、一人っきりでは寂しいデス」
締め上げて殺そうとしたけどやっぱり飽きたので海岸を見て歩いていたら呼び寄せられる、んー、顔色も悪いもんな、仕方ねぇ、何だかずっと耳鳴りがしていてずっと楽しい、どうしてなんだろう?エルフの集落に早く行きたいなっ。
「それに赤ちゃんは可愛過ぎますから変な男に襲われたら大変デス」
「ほ、褒めるな」
どうしてこんな所に親子二人でいるんだろ?深夜のデートかな、んふふふふ、レクルタンに抱き付く、全力で抱き付いたので二人揃って吹っ飛ぶ、吐瀉も良いけど吐血して?あっちの方が色合いが綺麗なんだぁ。
小さい母親を抱き締める、抱き殺す、ふっひ、僅かな黄色が溶け込んだ白色の髪、卯の花色(うのはないろ)のソレは清廉で清潔で清純だ、人々に愛される色、俺に愛される色、ちっぱいに擦り付けるようにして頭を抱えてやる。
空木(うつぎ)の木に小さく咲く初夏を告げる可愛らしい花の名を冠した色、卯の花は雪見草とも呼ばれている、小さな花が健気に咲き誇る様が雪のようにとても美しいからだ、しかし空木とはまた笑える、枝の内部が空洞である事からその名を与えられた。
「お月さまが綺麗だねェ、夜泣きの化け物早く見たいなぁ」
「そうデスね、あまり五月蠅くすると逃げてしまうかもデス」
「え、な、何とかしてよ!」
「静かにしましょうデス」
卯月(うづき)に製造されたのでこの髪の色を与えられたらしい、俺のおじいちゃん?俺のおばあちゃん?取り敢えず魔王な!卯月とは卯の花が咲き誇る季節を指す、その卯の花色の髪の上には同じ色合いのウサギの耳が生えている。
海風に揺られてピコピコとご機嫌だ、顔色は悪いのに不思議だなー、人間で言えば10歳未満の幼い容姿だが俺を見詰める表情は何処までも母性に溢れている、銀朱(ぎんしゅ)の瞳は全てを見透かすように穏やかだ、朱丹に水銀と硫黄を丁寧に混ぜ合わせてソレを焼いて製造すればこの色合いになる。
にんまりした口元がゆるゆるで兎っぽい、けど何だか唇の色が悪い、どうしてどうして、何だか首を絞められた後のようだぜ?肌の色はそれこそウサギの毛並みのように純白だ、大きな月が俺達を見下ろしている、このウサギさんは俺のだから盗んだらダメー。
「しずかに、してみた」
「良い子デス、魔力の気配は無いデスね、んー、同族では無さそうデス」
立ち耳をピコピコさせて周囲の気配を探るレクルタン、何処か抜けたような印象を持たせるウェーブボブは毛先が踊っていて撫でて見ると楽しい、緩いパーマを当てて動きを演出しているらしい、前下がり的なショートボブだがあまり挑戦的にし過ぎないのがコツだとか。
半濡れ状態で自然乾燥させるのはポイントらしい、そして毛先だけは質感を整えるように……おしゃれ番長め、おしゃれ母親め。
「俺もこんな髪型にするー」
「…………やったっ!」
「よ、喜んでるのか?」
無駄にフリルの付いた黒いワンピースを震わせて喜ぶレクルタン、そしてそれを遮るように声が聞こえる。
「夜泣き?ふふ、はは、さあて、近所迷惑だから原因を探して始末しよう」
「やったデス、やったデス」
そんなにっ!?
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