第196話・『主人公の下半身はケンタウロリ』

魔物は血を好む、殺戮を好む、主である魔王にそのように設定されている、それは仕方の無い事であり逃れられない現実だ、故に悦楽に浸る。


血が舞う、木々に付着したそれが染み込んで赤黒い色へと変貌する、生命の血で生命を汚す、それを見て高らかに笑う、背中が燃えるように熱い。


山に放たれた火は自分の口から出たモノ、風属性だけでは無く火属性の先祖を持っていたのか?生命の神秘に感謝しながら地面を走る、何を狩っているんだっけ?ネズミ?野良犬?イノシシ?熊?


疑問が溢れ出る、自分の意思で狩りに出ているわけでは無く何かに急かされるようにして四肢を動かす、あれ、地面は二足で歩行するものじゃないか?なのにどうして四足で走っている?しかも二足の頃よりもしっくり来る。


悲鳴が響き渡る、首元に噛みついて食感と血流を堪能する、顔に降り掛かるソレは何かの天啓のようだ、どうしてこうも満たされている、単なる狩りでここまで満たされるものなのか?何時もの景色が血に染まる様は面白い。


あああ、そうだ、悲鳴が良いな、獲物達の悲鳴はどいつもこいつも耳にしっくり来る、聞きなれた声、親しい声?だけどその声に対してそのように感じる意味がわからない、しかしもっと聞きたくなる、もっともっと聞きたくなる。


魔法で拘束されるのを一瞬で解除する、この魔法も覚えがあるような気がする、誰かが良く見せてくれたような、自慢していたような気がする、『おねえちゃん、すごいでしょ、いひひ』そんな声が聞こえるが狩りには関係無い。


「そうだ、良い子だぞ、アク」


『――――――――――――』


背中から伝わる温もりが自我を喪失させる、自我、そもそも自分は何だ?背中の上の方から優しい声がする、自分の獣のような声とは大違いの甘くて優しくて透明感のある声、どうして?どうしてわかる、このお方が上半身で自分が下半身だ。


そのような生物なのだ、二足で歩いていた頃なんて無かった、自分は下半身、脳味噌があるように思えたがそれも勘違いで、上半身であるこのお方の脳が自分に命令を下すのだ、殺せ、走れ、用を足せ、言われるがままに行動する、言われるがままに用を足す。


恥ずかしい事では無い、穴を掘って言われるままにするだけだ、ああ、このような素晴らしい生物が自分だなんて未だに信じられない、素晴らしい、上半身のお方に人の足は無い、自分の背中に完全に接着している、ケンタウロスのような異形、それ以上の偉業。


「俺の望みのままに動くのは良い下半身だ、山遊びで鍛えたのかな?素晴らしい四肢だ、俺の四肢に相応しい」


『あり、まス』


「美しく強い魔物がこうも下半身に適しているとは知らなかった、お前のお仲間も泣いて喜んでいるぞ、ほら、捕食用の尻尾出せ」


『ヒィ!?』


お尻の辺りがムズムズする……命令された瞬間に自分の体に新たな一部が構成される、全身の毛穴から血が溢れて視界が大きく乱れる、当たり前だ、自分の細胞とエネルギーを使って無理矢理に進化させる、体に異常が起こり血涙で視界が赤く染まる。


しかし上半身のお方の命令を嬉々として受け入れる精神と肉体、じょろろろろ、粗相をしてしまう、死んだ餌の上にまき散らす、死臭とアンモニア臭が混ざり合って最低の臭い、だけど体も心も喜ぶばかりでモラルを必要としていない、必要なのは命令だけ。


「お前をお姉ちゃんと呼んでいるあの餌、餌、餌、その尻尾で突き刺せ」


『くぅん』


「ひひ、嬉しいだろ、俺とお前の血肉になって糞尿垂れ流しで、ひひ、はは、ァ、おいし」


尾の先に何か柔らかいモノが突き刺さる、どうしてだろうか、この温もりは大切なモノだったような気がするが上半身のお方の歓喜に心が奇妙な程に昂る、思考出来無い、思考する必要も無い、だって上半身に脳味噌があるのだから、自分は地面を踏み締める為の四肢なのだから。


尾に突き刺さった肉の塊?が溶けて消えてゆく、その遺伝子情報を取り込みながら伸びをする、猫のように、これは美味しい餌だった、美味しい餌だった、餌でしか無かった、餌に対して情は無い、なのにどうしてか疑問が残る、納得出来ていないような気がする。


「この集落も終わりだな、魔物風情が人間の真似事をするから、生意気なんだよ、ふふ」


『そう、でス、生意気でス』


「だよなぁ、人の営みを真似するなよ、獣は獣らしく生きないと、んふふ、お前は獣じゃないのか?誇り高い魔物じゃないのか?」


『うぇぇ』


「ふふ、脳味噌が小さくなっちゃったか、背中に俺が生えているんだから当然か、脳味噌は二つもいらないもん」


『ェェエエエエ』


「進化する過程で余計な部位は排除されるものさ♪それがお前の脳味噌、んふ、でも四肢はさらに発達したな、人型なのにな、進化って面白い」


『あ、なたの、下半身でス、貴方の、貴方様の下半身でス』


「自分の妹も殺しちゃう下半身?」


『そう、でス、美味しイ、美味しイ、可愛い美味しイ』


「んふふ、帰ろう、お腹一杯」


『それハ、良かっタ』


お腹が膨らんでいらっしゃる、お腹を叩きながら上半身のお方は笑う、そしてそれを処理して垂れ流しするのが自分。


下半身ダ。

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