第194話・『そこら辺の野良魔物に跨って価値観変えてやるぜ、尻をあげろ』

高位の魔物だからと言われても人間の世界で育ち人間の世界で生きて来た、勇魔の支配する土地には行った事も無いしどのような場所なのか想像も出来無い。


人間の畑を荒らすのはある程度の期間を空けないと駄目だな、人間は集団で戦う事が得意な生き物だ、そして集団で対策を練って行動する、時間を空ける事で存在を忘れさせないと。


だけど今回は仕方が無い、仲間が飢えに飢えている、脱皮の後は抜け殻を捕食して腹を満たすのだが湿度の無い季節なのが災いした、細かくパリパリと剥がれて風に流されて消えてしまった。


自分の餌が欲しいわけでは無い、人間に事情を言えば分け与えてくれるか?バカを言うな、勇魔が人間に敵意を向けているせいで人間と魔物がわかり合う事は無い、絶対に無い、恐ろしい程の支配力。


村の若い衆に怪我をさせたのがまずかった、これからの村を担う若者は彼らにとって宝物だ、それを傷付けてしまったのだ、人間は血眼になって魔物を探している、人間は脆く弱い、殺す事なら何時でも出来る。


「……………待ってロ、餌、盗ム」


だけど土を耕し作物を育てる事が出来る人間を意味も無く殺す事は近隣に住む高位の魔物達にとっては不利益だ、何も考えずに人間を襲い食べる下位の魔物ならまだしも自分たちには知性がある。


その知性を持っていても人間のように土を耕したり家畜の世話をする事は出来無いのだ、いや、出来る事は出来るのだろうが体が拒否をする、人間は良くもあのような労働を毎日続けられるものだなと感心する。


奪い去る事に抵抗は無い、故にこのように息を潜めて山の中を走っている、人間も魔物も滅びないように加減をしながら村から必要なモノを奪い取る、何時ものように、当たり前に、当然のモノとして、笑みが深まる。


勇魔は基本的な命令を残して人間の世界にいる魔物には好き勝手やらせている、その命令は人間に対して敵意を持って行動する事だ、向かい合えば傷付けないといけない、遭遇すれば威嚇しないといけない、殺す殺さないは個人に任されている。


しかしこの命令が人間と友好的な関係を作る事を阻害している、阻害しているがそこも問題では無い、このように相手が滅びない程度に搾取する一方的な関係も友好的と言えなくも無いだろう、何せ人間の方が自然から様々なモノを奪っている。


「…………何ダ」


山の様子が何時もと違う、空模様も怪しい、何だか見えない存在が周囲に沢山いるような違和感、同族の気配がする、高位の魔物の気配だが嗅いだ事の無い匂いだ、甘ったるい匂い、蜂蜜よりももっともっと甘く柑橘系のさわやかな香りも混ざっている。


他所から流れて来たのだろうか?高位の魔物は人間たちのようにコミュニケーションを必要とする、しかし自分たちのように人間の世界で育った魔物はあちらの世界で育った魔物より体も弱く能力も貧弱だ、認めたくは無いが現実的にそうなのだ。


歴代の魔王が生み出した魔王の属性に由来する魔物たち、彼らの多くは勇魔に支配されている、だけど人間の世界に溶け込んで生活している者もいる、その子孫が自分たちなのだがどの魔王の眷属なのかわからない、違う世代の魔物が交尾して交尾して自分たちが産まれた。


自身に関していえば風を操る事が出来るが風の属性の魔王は聞いた事が無い、人間の書物を読む機会は無いし語り継がれる情報は劣化して何れ失われる、風の魔王っているのかなと時折思う、それが本来仕えるべき主、きっと勇者に殺されたんだろうなと冷静に思う。


ふと足を止める、ひんやりとしたものが頬に触れたような気がした、空を見上げれば灰色の空が風の流れで蠢いている、雪でも降るのかと思った、しかし寒気は止まらない、おかしい、汗も流れる、だらだらだらだら、自身の体に起きた異変に戸惑う。


「あはぁ」


吐息、死臭、甘い匂い、何もかもが混ざりあったソレは初めて感じるモノで違和感しか感じない、体が勝手に戦闘を促すように前屈みになる、この声の主は同族だ、強い強い魔物の気配とおぞましい死臭と甘ったるい匂いと何処までも脳味噌を腐らせるような腐敗臭。


ぺたぺたぺた、何も履いていない、足の裏は柔らかく弾力があるのだろう、足音を聞いて人物を想像するが上手く出来無い、木々の枝が揺れる、小動物が逃げ出してヤスデとダンゴムシが丸まっている、鳥は泡を吐き出しながら地面に血を撒き散らす、魔物なのか本当に。


ここまで周囲に影響を与える生物がいるのか?魔力も行使せず魔法も展開せずに溢れ出る瘴気だけで世界が大きく変化している。


「出て来イ、魔物なのカ」


「聞いてェ、酷いんだよ、キクタも呵々蚊も俺を置いていくんだっ、レイだけなんだよ、レイは良い子だ、俺を一人ぼっちにしない、あの二人は駄目だ、殺す、大好き、好き殺す、きゃきゃ」


「――――」


「ちゃんとちゃんとだよ、しないと、血抜きの方法はコツがあるんだ、腐りやすい内臓は先に取り出さないと、そうだ、そうだったんだな、ふふ、あっ、鳥だぁ、死んでる」


「――――――――――」


「あっ、世界も死んでる、二人がいなくなったせいだ、いないいないばぁ」


「―――――――――――――」


これは何だ?草むらの中から夢遊病者のような足取りで出て来た少女を前に体が硬直する、美しい少女だ、人間の美的感覚はわからないが確信する、人間から見ても魔物から見ても美しい存在、周囲に華が咲き誇る、その下で死体が腐ってゆく。


幻視、それにハエの飛び回る音が酷い、幻聴なのか?


「あ、ロリだ!おいで、お姉さんが遊んであげる」


「あ」


「来い、命令してるんだぞ、下等な糞虫」


「ハ――――――――――イ、従いまス」


体が折れ曲がる、地面に額が触れる、何ダ、何が怒っているんダ。


「お前の仲間を食う、お前はそうだな、んふふふふふふ、乗り物にしてやろう、エルフライダー最大の能力だ、乗って、耳を触ってやる、大改造だ、田舎の魔物ちゃん」


背中に――――――――――あ。


あ。


あ。


あれぇ?

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