第192話・『もどってくるもん』

困っている人がいたら助けたい、偽善者だなと自覚しているが対象が子供や老人だとその気持ちはより強くなる、エルフの村へ行く途中に立ち寄った小さな集落。


何でも畑を荒らす獣が出て困っているらしい、怪我人も出ているとかで皆が怯えた瞳をしている、冒険者ギルドに依頼したが半年も掛かると言われたらしい、うん、俺が冒険者だぜ?


集落に泊めて貰う代わりに獣の退治をする事になった、グロリアはそんな俺を見て大きく溜息、グロリアは自分の有益になる事以外しないのだ、しかし俺に無理矢理付き合わされる形になって苛立っている。


誰も使っていない小屋に案内されたグロリアは時折舌打ちをする、上品な見た目からは想像出来ない汚らしい舌打ち、あれだな、助けを求めて来たのが同い年ぐらいの女の子だったのが気に食わなかったか?


「キョウさんはお人良し過ぎます」


「わはは、可愛い女の子の依頼だったからな、お尻ぐらい触っとけば良かった」


「ご自分のお尻を触れば良いでしょう?張りのある触感で最高ですよ?」


「ふ、ふじゃけんな」


「ふざけてません、今夜も触ります」


「ひぃ」


怯えて部屋の隅に移動する、発情期の犬以下のグロリアに心の底から恐怖する、女を弄ぶ事に喜びを感じるグロリアだがその興味が全て俺に向いているのは何処か優越感がある、だけど次の日がしんどいので限度ってモノを知って欲しい。


部屋の隅でグロリアを睨むと呑気に着替え始めている、何度も見慣れた裸体だがついつい目を逸らす、ここは普段は物置小屋として使っているらしいが礎石を使わずに穴を掘って地面に突き立てるだけの簡易な構造をしている、一夜を過ごすには十分だ。


しかし柱が地面にそのまま接するので湿気や食害などで腐食や老朽化は免れない、何度も補修している箇所もあるし手入れも行き届いている、建物を大事にするって事だけで好意が持てるぜ、この集落自体が貧しさに苦しんでいるのに空気の読めない獣めっ。


獣だって生きる為に必死なのはわかる、だけど俺は人間寄りの生き物なので人間の主観で物事を考える、これは差別では無く区別だ、人間は区別する生き物なのだ、飼い犬は家族だから食わない、家畜は家族じゃ無いから食う、同じ獣に関してもこうやって区別する。


人間のエゴはエルフライダーの習性を許してくれる、人間は区別して生きる、エルフライダーもそこに落とし込めば良いのだ、あの人間は食って良い人間、あの人間は食ったらダメな人間、人間だって好き勝手に区別するのだ、他の生き物がそれをする権利も当然ある。


あるよな?ふふ。


「畑を荒らす獣って何だろうな、イノシシ程度なら村の若い衆でどうにかなるだろ」


「怪我をした男性の体をペタペタと気安く触る必要は無かったでしょう」


「どんな体つきが気になるだろ?割と筋肉質だったし、骨折程度で済んだのも鍛えているお陰だろう」


「どうして気になるんですか?」


「いや、被害者の体つきと怪我の具合を見たら獣の凶暴性も少しはわかるかなーって、覚えて無いんだろ?どいつもこいつも」


「特殊な魔物かもしれませんね」


「記憶を消す魔物か、ふふ、記憶が虫食い状態の俺との相性はどうかな?」


グロリアが意外そうに目を細める、何かを探るような観察するような目付きだ、だけど悪い感じはしない、単純に興味があるのだろう、桃色の唇を震わせてグロリアが囁く、天使の囁きのようで悪魔の呪怨のような一言。


「キョウさんが記憶が無くなるのが幸せなのですか?今の発言はそんな感じでしたが」


「へ」


「何だか幸せそうな顔をしていましたよ」


そうなのだろうか?辛い事や苦しい事から逃れる手段として求めているわけでは無くエルフ以外の存在を一部にする事で大半の記憶が失われる、しかも取り込んだ一部を最初から自分のモノだったと記憶を塗り替えられる。


そうだよな、一部にしたのは、ザーザーザー、そう、一部にしたのは麒麟だけだよな?他の皆は手が手であるように足が足であるように最初から俺の一部だ、麒麟だけだよな、うんうん、俺はおかしくなっていない、おかしくなっていない。


あれ、エルフライダーとして記憶を失う事を喜んでいるのか記憶を失わない事に安心しているのかどっちだ、どっちぃ、少し眩暈がする、グロリアがおかしな事を言うからだ、グロリアのせいだ、何時も何時も何時も、あれぇ。


少し、おかしいぞ、心が―――――おえ。


「うぅ」


「はぁ、無理をしているようですね、早くエルフを取り込んで精神を―――」


「うぅう、記憶が無くなると気持ちいいぃ」


「おいで」


グロリアが手招きしている、砕けた口調、あれは良いのだ、きっと優しいのだ、頭がいたい、いたい、きくた、きくたぁ、いたいいたい、いたくていたくて、あいつのせいだ、あのへんなやつ、あいつがにげたから。


かかか、にげやがった、おれのもといちぶのくせに、おれとなかよしなのに、かってにきくたとおれにしっとして、おねがいしたのに、ころしてって、やくそくもやぶった、きらいきらいきらいきらい、かってに、かってに、かってに。


おれとれいをのこしてふたりで、いなくなって、いなくなって。


「ァァァァ、いだいぃ」


「背中トントンしてあげます、だから泣かないで」


「ふ、ふたりともぉ、うらぎりものぉ、ゆるざない、ごろす」


「ちゃんと殺さないと、今回の魔物も、裏切り者も」


「ぐろりあ、おしえてぇ、ころすやつ」


「はいはい」


ぐろりあはおしえてくれる、おしえてくれたやつをちゃんところせばいい。


そうしたらきくたもかかかもあのろじうらに、もどって、くるもん。


ひとりはやだもん。

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