第188話・『キクタはお前から奪った、俺が欲しかったからだ、そしてお前も奪った』
かつて愛した少女の体を使用して具現化した恋敵を蹴り続ける作業は思いの外に楽しい、心が満たされ体が満たされ頭がユルユルになる、愛しい人と憎んだ恋敵を同時に傷付けれる事が可能なんて素晴らしいよっ。
工房は音が外に漏れない特殊な構造をしている、悲鳴はやがて無くなった、キクタは腹を押さえるように手を置いたまま動こうとしない、綺麗な顔を何度も蹴飛ばしてやった、キョウに褒められた可愛い顔を壊してやった。
「ふふ、ひ」
興奮している、しかし疲労によって体が動かない、キクタの欠けた歯が足の甲に刺さっている、白くて綺麗な歯を舌打ちしながら掴んで捨てる、草履はコレだから困るナー、苦笑する、キクタを見下ろす事が出来る何て最高の日だ。
「ばーか、んふふ、ナー、おバカナー」
「き、ざま」
「ひ」
呪いに等しい呟きに全身が震える、折れ曲がった右腕が微かに震えている、まだ生きている、キョウの細胞がキクタを殺す事を許さない………どうしようもなく嫉妬する、エルフライダーの能力まで分け与えられているキクタ、羨ましい、素晴らしい、寄越せ。
一部として忘れられた呵々蚊と同じはずなのに権限だけは呵々蚊よりずっと高位のモノを与えられている、どうしてだ、どうしてキョウ……呵々蚊に自分を殺して欲しいって頼んだよナー、ナー、だから愛するお前を殺す為にずっとずっと生きて来た、ずっとずっと忘れられたままで。
「それなのにお前は何なのナー、忘れられた分際でどうしてエルフライダーの能力まで行使出来るナー?」
「き、さま、きさまがなんと、いおうと」
「あん?」
「こ、このぉ、キョウの体を傷付けたお前はもうアタシの知っている呵々蚊ではない、呵々蚊ならキョウを傷付ける、わ、わけが無い、お前は長い時間の中で狂ってしまった人形だっ」
「お前、何言ってるのナー」
「はぁはぁ、狂人風情がっ、アタシの可愛いキョウに近付くなってんだよ、この変態」
「―――――――――――――」
どうしてこいつは何時も何時もこうやって呵々蚊を不快にさせる、キョウは呵々蚊の事を風みたいだと言っていた、誰にも縛られない自由な風のようだと、そう、そうだよ、貴方が死ぬ前まではずっとそうだった。
貴方が死んでからはずっと貴方に縛られている、そして今もこうやって縛られたままかつての友を殺し掛けている、まるで誰かに操られているような感覚に自分で戸惑う、ああ、そうだ、自分はあの日からずっとキョウに操られている。
「ナー、キクタ………お前はどうして自分が狂っていないと言えるナー」
「き、キョウがアタシを完全に忘れていないから、アタシはキョウのキクタでいられる」
「そうナー」
「貴方はとっくに忘れられて自由になった身だろうがっ、キョウが不必要と判断した一部が偉そうに本体を傷付けるんじゃないわよっ」
「お前はそうやってずっとキョウを………」
殺意が溢れそうになった瞬間に違和感を感じる、キクタ自身も何が起こったのかわからないのか痣だらけの顔に戸惑いが浮かぶ、キクタの体が大きく震えている、小さな小さなエルフの体の中で何かが蠢いている、
吐瀉、吐血、ブレンドされた固体と液体を吐き出しながらキクタは大きく目を瞬かせる、自分自身の身に何が起こっているのか理解出来ていない表情、呵々蚊に蹴られていた時より苦痛に歪む表情、異様な雰囲気が漂う。
「キクタ?」
「がぁぁぁあああああああ」
キョウの前にいる時以外は無表情でゴミを見るような目で常に周囲を見ていた、エルフのキクタは路地裏の住民から嫌われ忌避されていたがそれを全て実力でねじ伏せた、支配者になっても笑う事はせずに冷酷に振る舞っていた。
しかしキョウの前だけではとても安らいだ姿を見せる、ああ、思えば最初はキョウに嫉妬していたのか、キクタの特別であるキョウに……なのにどうしてこんな事になった?呵々蚊はどうしてこんな風になってしまった?恋をしたせい?
キョウに恋をしたあの日から呵々蚊は壊れてしまった。
「き、キクタ?」
「ぁぁぁぁあああああああああああああ、か、呵々蚊ぁぁ」
白目、声だけが絞り出される、まるでゾンビのようだと心の中で呟く、こんなキクタは見た事が無いし見たくも無い。
呵々蚊のキクタは―――――――――奪われたのはどっちだ?
何処かでキョウが笑ったような気がした。
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