閑話143・『本音キクタに嘘つきキクタ』
「絵本読んでェ」
トテトテトテ、足音も何処か間抜けで少し笑ってしまう、口調も砕けていて確かな信頼を感じさせる………見た目の年齢ではアタシが年下だけどそんな事は関係無いわね。
風呂上がりのキョウは髪も拭きもしないでベッドに寄って来る、溜息を吐き出しながらしゃがむ様に口にする、全裸のキョウは恥ずかしがる事もしないで言われるがままだ、白くて細くて柔らかい。
余分な肉がまったく無い少女と大人の狭間で揺れる肉体、キョウはえへへと笑う、えへへと笑われたらアタシは彼女の為に何かをやらないといけない、ずっとずっと昔から決まっていた。
丁寧に髪を拭いてやりながら笑う、絵本も少し水で濡れてしまった、風呂上がりにいきなり絵本読んでとは流石のアタシも予想出来無かった………キョウは悪く無いわよ?何時だって悪いのはアタシだ、見殺しにしたアタシだ。
「ほら、綺麗になったわよ」
「へへ」
「絵本ってこれの事?どんな本なの?」
「お姫様が王子様に恋する本っっ!りゅーこう、俺の中のりゅーこうだからな、これ」
「へぇ……キョウには少し早いわね」
「そ、そうかな………悪い事かな」
「ああ、そうじゃないそうじゃない、悪い事じゃないわよ?それに恋愛に興味があるのは良い事だわ」
「ふ、ふーん、わ、悪い事じゃないんだぁ」
どうしたのかしら?少し不安そうだ、誰かに変な事でも吹き込まれたのかな、おいでおいでするとベッドの上に飛び込んでくる、眩しい笑顔、太ももを叩くとそこに頭を置く、湖畔の街は今日もアタシとキョウを優しく包んでくれる。
感謝しながら絵本を手に取る、優秀な一部を多く吸収したので読み書きに不便は無いはずだがキョウは挿絵付きの小説や絵本を好む傾向がある、前者は本当に稀だけど絵本に関してはかなり好きらしく毎晩眠る前に読んでいる。
キョウの表情がコロコロ変わるのを見ているとこっちまで何故かハラハラしてしまう、あの狭い路地裏には絵本なんて無かったしキョウは読み書きが出来無かったものね、過ぎ去った日々を思い出して少し胸が苦しくなる、出来るだけ優しい口調で言葉を紡ぐ。
何処にでもあるような単純な絵物語だ、しかしキョウは瞳を輝かせて何度も何度も読み返すように催促する、アタシはそれに従うまで、キョウに命令されていると生きていると実感できる、かつての勇者であるアタシはいない、もう必要無い。
魔王を殺しても世界を救っても貴方の笑顔が無いとまったく意味が無いのよ?
「やっぱり王子様はさいこーだな」
「そう?攫われたお姫様を助けただけじゃない」
「そ、そこが良いんだよォ、かっこいいじゃん、世界の為じゃ無くて一人の女の子の為に命がけで戦うなんて」
「あ」
「んー?キクタ?」
目の前に罪を曝け出されたように体が硬直する、姿が無い形も無い、しかしアタシの中に確実にあるもの、罪は消えない、それが愛する人を見殺しにした罪なら尚更だ、本人の口から自分の過去を突きつけられてアタシは戸惑う。
表情に出さないように、声が震えないように、キョウを傷付けないように、もう二度と間違わないように、様々な感情が混雑した思考の中でアタシに命令する、何時ものキクタでいろ、まだ早い、まだ早過ぎる、アタシはこの子の前で――――。
優しい嘘を。
「そうね、世界の為に戦っても無意味かもね」
「キクタはどっち?世界と大好きな女の子、どっちの方が良い?」
無垢な瞳が残酷な質問を投げ掛けてくる、それを間違ったから貴方は今ここにいてアタシもここにいるのよ、お互いにかつての自分を見失って喪失してこうやって向き合っている。
罪の重さを自覚する、貴方を選ばなかったのがアタシよ?だから神様に罰せられて貴方を永遠に奪われた………そんな愚かな存在がアタシ、絵本を置きながら言葉を選ぶ、だって、貴方に語り掛ける権利なんて本当はアタシに無い。
「わからなかった、昔はね」
「そう、なんだ」
「でも、今なら言える……貴方より大事なモノは無い、何があろうと貴方を選ぶ、アタシのお姫様」
「あー」
「な、なに?」
「ぷぷぷ、キクタ、嘘つきだぁ」
「え?」
「ぷぷぷ、俺はお姫様じゃないもーん」
そうやって笑った顔がお姫様以外の何者でも無くて、アタシは苦笑した。
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