第186話・『彼女の口調は嘘』

工房の中はあらゆるものが雑多に転がっていて足の踏み場も無い、こいつ整理整頓出来無いのか?呆れつつも言われるがまま椅子に座る。


ギシッ、廃材で組み立てられた椅子は思いの外に座り心地が良い、組み立てた人物の腕が良いのだろうと納得する、窯の中の火の明かりに照らされて小さな世界は橙色に染まっている。


幾つも窯があるからこいつだけが使う作業場では無いようだ、まんじゅうを縦から真っ二つにしたような炉が特徴的だ、刀鍛冶が扱う炉のことを火床(ほど)と呼ぶ、剣よりも刀の方が工程も多く苦労も多い。


耐火煉瓦を隙間無く丁寧に積んだ炉を見詰めていると肩を叩かれる……目の前には呵々蚊、時間が一瞬で過ぎ去ったかのような奇妙な感覚、椅子の上にあるモノを片腕で全て床に落とす呵々蚊、ダイナミックっっ。


「お茶ナー」


「あ、あんがとう、良いのか?机の上の物を全部落として」


「何を言っているのかわからないナー」


「嘘だろオイ」


「さあさあ、飲むナー、飲むナー」


カップの中で揺れる液体は紅茶のように思えるが少し色合いが違うようにも感じられる、言われるがままに口に含む、ん?こいつは何だか油断出来ない奴なのに言われるがまま出されたものを飲んで大丈夫なのだろうか?


しかし断る事も出来無い、ほのかに甘みがあって美味しい、砂糖は入れて無いよなあ?舌先で転がすようにして吟味する、うーん、農家の息子としてはコレが何の茶葉なのか当てたい、しかし何なのかまったくわからんっ。


瞳を閉じてより吟味、呵々蚊がケラケラ笑いながら何かうんちくを語っているが今はそれ所では無いのだ、飲んだ事は無いがこの風味には覚えがある、食べた事がある野草、俺が口にしたって事はあの貧しい土地でも育つ植物だよな。


「る、ルイボス!これルイボス!」


「そうだけどナー、どうしてクイズ大会で回答しているようなテンションで叫んでいるナー?」


「う、あ、あはははは、あははははははは」


「自分で勝手に試されてると信じ込んで頭の中でクイズ大会にしちゃったナー?そんなわけないナー?頭おかしいもんナー」


「そ、そぉだよ、そ、そんなわけないじゃん」


「ナナナー」


ルイボスは針葉樹様の葉を持っていて落葉する過程で葉の色は赤褐色に変化する、自生するものは生命力が強く一帯を支配するように茂るが人間の手で別の土地に移動させた途端に枯れてしまう、気難しい植物なのだ。


湿気の無い乾燥した環境を好む、若葉を御浸しにして食べたなぁと過去の記憶を掘り起こす、カフェインを全く含まずにタンニン濃度も恐ろしく低いので乳児に飲んでも問題が無い安全なお茶として知られている。


祟木の知識を読み込みながら感心する。


「お名前は何て言うナー?」


「き、キョウ」


「そうかそうか、可愛い名前だナー、響きが良いナー」


「ど、どうもだぜ」


「一人称でわかるだろうけど呵々蚊ナー、かかかナー」


「そうか、何だか懐かしいような気がするぜ」


「ふふ、そぉ」


ナーって語尾を無くして囁いた呵々蚊に何故か背筋が震える、洒落っ気の無い青い作務衣に包まれた幼い体、この体で遊びたい、その体を玩具にしたい、こいつは俺も玩具で玩具で玩具で壊したい、壊したら俺だけのものになって安心。


目を細める、椅子に座った呵々蚊は足を十字にさせて笑っている、幼い、幼い女だぁあ、俺の知っている女だ、触ったことがある女、虐めた事のある女、味わった事のある女、瞼の裏で七色の光が弾けて舌が痙攣する、何も喋れない、しかし苛めたい、虐めたい。


いいい、いじめる。


「あ、や、すこし」


「どうしたどうしたナー、魔剣の事について知りたいナー?それとも、それとも、呵々蚊をどうにかしたいナー?」


二藍と呼ばれる色合いをした大きな瞳が楽しそうに細められる、お、おれと会った時はあんなに死臭がしたのに、あんなに全てを諦めていたのに、急に元気になってどうしたぁ、食べられる鮮度になったぁ、頭痛が激しい、涎がでるね、でるでる。


「あぁ、汚いナー、汚い汚いナー」


「おなか」


「はいはい、拭いて上げるナー、ふふふ、昔と変わらない、エルフライダーの能力は呵々蚊の前でしか見せないナー、レイもキクタにも秘密」


「おまえはえさぁ」


脳味噌がグシャグシャになって視界が大きく乱れる、全ての色が薄気味悪く変化して世界が大きく歪む、お茶の色も紫色になってェ、俺の指も七本になる、そうなるよぉ、ぁぁ、これ、ぼぉそうしてる?


口元を拭っているハンカチを乱暴に腕で振り払う、そのまま大きくバランスを崩して床に転がる、四肢が動かない、顔面から床に突っ込んだショックで僅かながらに力が戻る、歯が欠ける、鼻の奥が痛い、ふがふが。


おなかぁ、おなかがねぇ。


「かかか」


「ああ、まるで家畜のようなだナー」


「かかか」


「そうね、そうやって呵々蚊だけを見上げてなさい」


口調が切り替わる、しゃがみ込んだ呵々蚊は人差し指で俺の頬を抉るように突く。


抵抗出来ない。


「中にいるんだろ、出て来いよ、キクタ、本体は別の所でもキョウの肉で形を成せるだろ」


冷めた声、ナーナーナーとはもう鳴かないのか?体が縮小する、骨が砕ける、血が溢れる、笑顔が溢れる。


おれ、お、あ、アタシに。


「出て来いよ、卑怯者」


だれのことかな。

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