閑話141・『本当の主に従うのは快楽、中間のはいらん』

ぷくぅ、膨らんだ頬が不機嫌を伝えている、部屋の隅で丸まりながらジトーとした視線を向けて来る、どうしたものかと溜息を吐き出す。


外に出て作業が出来るのは稀だ、急ぎの論文を書きながらその視線の強さに溜息を吐き出す、自分から仕事をしていいよと言ったのに実際にするとコレだ。


別にもうコレで生きていくつもりは無い、キョウの一部として生きていく、それなのに屈折した主従関係が二人の仲を拗らせる、確かに仕事をして良いと言った。


あのシスターの仕事ぶりを見ている内に焦ったのだろう、社会的地位にある職業を持つ一部は時折解放しないと駄目?多くの一部はそんな事は無い、自分だけかなと思う。


ああ、炎水もそうか、しかしもう行方不明として処理されているだろうしどうしようも出来無い、外が雨で無ければ外出に付き合った、しかしこの大荒れ、仕方なく仕事をしているだけだ。


「祟木は俺より論文を書く方が大事なようです」


「―――――――――――――――――」


躾けの一環としてそのまま無視しなさいとクロリアが命令する、一部は誰もが自由なわけでは無い、多くはキョウの支配下に置かれているがクロリアだけは特別な権限を与えられている。


彼女が幼い声で呟くのだ、我々の本体であるキョウはここ最近かなりおかしい、誰彼構わず愛嬌を振り撒いて魅了する、寂しがり屋、シスターに相手されないだけですぐに自分を安売りする。


故に躾をしなければならない、心苦しい、クロリアも悲鳴を上げている、だけど性的に開放的なのは少し笑えない、自分としては自由にさせてやっても良いと思うが誰もが過保護すぎる。


年頃の女の子なのだ………少しぐらい外出させて異性と交流させてやっても良いと思う、度が過ぎるのはアレだがグロリアーグロリアーと一人の人間しか見えていない方がやや病的な気もする。


「祟木が無視する」


「無視しているわけじゃ無いさ、今日は外出出来無いし、あのシスターも明日まで帰って来ないんだろ?時間を有意義に使っているだけ」


「お話しても良いじゃん、お話しても良いじゃん!楽しいよ!」


「お仕事の後な、我慢する事も覚えないと」


「ずっと我慢してるもん、祟木がずっとお仕事してるから、偉い?」


「どうだろう、犬でももう少し我慢出来ると思うな」


「あはははははははは、犬可愛いよなァー」


あまりに無垢すぎる反応に良心がズキズキと痛む、そもそもキョウに対して奔放だとそんな理由だけでこの任務を与えられた、クロリアはキョウの為なら何でもする、私の意思などお構い無しに。


雨音は激しくなるばかりで止む気配は無い……そもそも束縛されるのは好きでは無い、クロリアの強制力は確かに強力だが女性寄りのキョウに信号を送れば即座にソレを解除してくれるはずだ、あの子は腹黒い一面もあるがキョウと同じで優しい。


笑い転げているキョウをじっと見詰める、随分と幼くなった、随分と女の子っぽくなった、随分と知性が下がった、エルフライダーの結末がどのようなモノであれ近くにいると誓った、永遠にこの子の一部であると誰よりも強く誓ったと自負している。


窓に映り込んだ自分の顔は珍しく浮かない顔をしている、キョウを無視する行為が自分に精神的なストレスを与えている、自分ですらコレなのだから他の一部ならどうなるだろうか?クロリア、自分でしてみれば良い、かなり苦しいと思う。


「論文書くの楽しい?」


「まあ、そうだな」


「俺とお話するよりも楽しい?」


「それは」


「んー、何時もはっきりと物事を決める祟木にしては珍しいなぁ」


クスクス、私が弄られるだなんてそんな事があるのだなとついつい嬉しくなる、キョウと一緒にいるより楽しい事なんてこの世に無いよ、そう言って抱き締めたい、口説くのは得意だ、落とすのも得意だ、愛するのは苦手だけど頑張る。


キョウが近付いて来る、後ろから両腕が首に巻き付くのを感じる、後頭部に僅かな膨らみ、羽根ペンを置いて軽く深呼吸、さて。


「きょ」


「クロリアの命令は俺からキャンセルしといたよォ、ふふ、邪魔な事をする悪い子だ」


ぞくり、背筋に冷たいものが走る、あぁ、そうか、ずっと私と喋っていたのは注意をそちらに向けさせる為か、駄目だ、クロリアとのリンクが外されている、キョウと私の間に存在していたソレが精神の奥底へと沈められている。


支配者、これでは私も従う他無いな。


「祟木の御髪の匂い、ふふ、金色の髪、太陽の匂い、外は雨なのにねェ」


「参った、降参」


「祟木は俺のモノなのにね、クロリアを後で一緒にお仕置きしよう、してくれるよな?俺の祟木、俺のクロリアを俺の祟木が虐めてくれる?」


頬に舌が這う、雨音はより激しくなる、もっともっと激しくなれ、クロリアの絶叫が聞こえないように、キョウの嬌声が聞こえないように。


「従うよ、非力な私だがどうやって役立てて見せるつもりだ?」


「そうだなァ、非力な祟木の両手で首を絞めよう、お前は非力だからなぁ、時間がいるぞォ」


「ああ、するよ」


「どぉして?」


「キョウが喜ぶと嬉しいんだ、論文を書く事なんてそれと比較したらゴミだな」


「ぁぁ、良い子は好きぃ」


すまないな、クロリア、私が非力なせいでお前はすぐに死ねないぞ?

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