閑話140・『惑わされる方になって初めて罪を自覚する』

危うい、私の彼女が性的に危うい、何となく気付いていたが見て見ぬふりをしていた。


どうしてそのような心の余裕があるのかと聞かれればキョウさんを見守るもう一人のキョウさんの存在だ、彼女は自分自身を溺愛している、故にキョウさんに危険が迫れば切り替わって排除する。


素晴らしい、しかも彼女はキョウさんの一部と違ってキョウさんと対等な関係にある、だからこそ彼を叱る事も出来るし忠告する事も出来る、キョウさんは天邪鬼なので叱られると不貞腐れる、嫌われる要因となるそれを全て彼女が受け持ってくれる。


これもまた素晴らしい、彼女を利用することでキョウさんに嫌われる事無くさらに私に夢中にさせる事が可能にっ、そんな事を考えていたら私がさらにキョウさんに夢中になってどうしようも無い状況にある、いやいや、問題はそんな事では無い。


「また買って貰ったー」


「……………」


街を歩けばナンパされデートに誘われプレゼントを貰って帰って来る、それが高価なモノである程に頭が痛くなる、か、返しに行くのが辛いです、売り捌いても良いのですがキョウさんがプレゼントを貰った事実が気に食わないのです。


両手一杯に紙袋を持ったキョウさんがにへらーと笑う、ま、間抜け面だ、彼女で無かったら全力で顔面を殴っている所ですよ、宿の一室に戻って来たキョウさん、開けてぇーと蕩けるような甘い声で叫んだので嫌な予感はしていた、嫌な予感しかしていなかった。


これも私の別荘に送り付けるしかありませんね、いちいち返品するのも流石に限界です、何時もきっちり連絡先を貰っているのは二度目のデートを相手が期待しているから、しかしキョウさんはそんな事に気付いていない、単純に可愛いと言われて奢って貰って嬉しいだけ。


お、お花畑が咲いている、頭の中にも上にも隙間無く咲いています、のほほんとした顔付きで疲れたーと叫びながらベッドの上に転がるキョウさん、え、わ、私も計画の為に同僚や後輩を誑し込んでいた時はこんな感じだったのだろうか?


ず、頭痛が激しくなる。


「き、キョウさぁん」


出来るだけ優しく語り掛ける、故郷を後にしてからキョウさんは段々と幼くなっている、取り込んだ一部の作用だろうが癇癪も酷い、精神的に常に不安定でお道化て見えるがその心は些細な事で傷付く、勿論それを乗り越える強さもある。


だけど寂しがり屋で意地っ張りでその癖に脇が甘い、ふふーん、鼻歌で上機嫌だ、持って帰った紙袋を見る、中央で有名な高級ブランドも幾つかある、私におねだりすれば良いのに変な所で気を使う、ぱたぱたぱた、両足が動かしながらキョウさんは絵本を読んでいる。


知識を得ようが本質的には活字嫌い、だから絵本を買い与えている、絵本を読んでいる時はその世界に没頭しているので無防備なキョウさんがさらに無防備になる、下着も見えてるし、太ももも眩しいし、性的にアピールが激しいし、一体どうしろとっ!?


床に片膝を落として深呼吸、あれですね、過去の自分を見ているようで恥ずかしいです、自分の美貌や魅力を武器に他者を惑わして利益を得る、女としては最高の戦い方で人としては最低の振る舞い方………付き合う気もなければ心を許すつもりも無い、まさに今のキョウさん!


「んー、なぁにー、俺いそがしー」


絵本読んでるだけじゃ無いですかっ!


「あ、あはははは、少しお話しましょうか、私も仕事ばかりでキョウさんと遊んでませんし」


「いいよ、お仕事しなよー、大人なんだからー」


「うっ」


「それに一緒にいるだけで嬉しいし」


「うううっ」


「グロリアに買って貰った絵本面白いし!」


「うううううっ」


天使かっ、あ、神の子供だった、説教をするタイミングを完全に見失った、もう一人のキョウさんは詰めが甘すぎる、今まで稼いだ好感度を僅かながらに犠牲にしてでもここはキョウさんをきつく叱らないと!


親元を離れたキョウさんを私は預かっているのだ、教育をするのも私の務め、しかし嫌われるのが嫌で何時しかそれを避けていた、だけど今ここでっ、ちらり、キョウさんを見ると天使の笑顔で絵本に没頭している。


わ、私が買って上げた絵本を楽しそうに読んでいるキョウさんを説教するのはどうにも間が悪いような気がします、取り敢えず距離を詰める、ベッドの上に腰掛けてキョウさんの様子を見る、あれです、可愛いです。


この可愛さが今日は憎い、この可愛さが異性を惑わせる。


「沢山買って貰ったんですねェ」


「うん、何か金持ちっぽいお姉さん達と食事して銭湯行ったら買ってくれた」


「同性っっ」


「グロリア?」


「お金持ちの品の無い遊びっ」


「ぐ、グロリア?」


「わ、私のキョウさんが道楽ババァに」


「二十代だったぞ?」


「十代過ぎたらみんなババァですよっ」


怒りに震える私を見て目を瞬かせているキョウさん、自分でも意外なほどに口汚くなっている、嫉妬しているとわかっている、私の中にこれ程に自分を狂わせるものがあるだなんて素直に感心する。


「もう、そんなにイライラしてないでここに来て一緒に絵本読もう」


自分の枕をポンポン叩いて私を誘うキョウさん、天使だと思っていたら小悪魔でした、え、誘っています?


「グロリアが読んでね♪」


「はいぃいぃ」


問題なのは外でキョウさんに魅了される輩よりももっと私がキョウさんに魅了されている事実だった。


絵本を読んで上げたら台詞に抑揚が無いと叱られました。

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