第184話・『愛していたから殺すナー、キクタとレイは女々しいナー、ああはならない』

部下や店員と呼ぶよりは子飼いの方がしっくり来るソレにシスターが来店したと言われた時に薄く微笑んだ。


彼、いやいや、彼女と呼ぶべきか?取り敢えずあの子だけではここに来るには早過ぎる、いや、何も考えずに辿り着いたのならまだ許せる、だが同伴とはねェ。


やはりシスター・グロリアは危険だ、あの子が暴風雨だとしたらシスター・グロリアは研ぎ澄まされた刃、ジャンルが違う、起こす現象が違う、彼女には無駄が一切無い。


さてさて、椅子に背を預けながら天井を見詰める、笑顔を貼り付けて接客でもして様子を見るか?あの子はシスター・グロリアに全てを語っているだろう、だとしたら背格好から推測されるか?


「どうしようかナー」


工房には古今東西のあらゆる素材が転がっている、聖剣や魔剣を生産する技術が確立されてからこの世界は大きく変化した、本来であれば何かの偶然や自然現象で生み出されるソレを人工的に生み出す事に成功したのだ。


前者のモノに比べて些か能力は落ちるものの魔力を含んだ剣は様々な職業のものに好まれる、特に魔力を持たない通常の戦士や剣士からすれば喉から手が出る程に求めて止まないモノ、そのお陰でこの店も繁盛している。


量産化に成功した事で人類のレベルは一段上がったと言っても良い、魔物からすれば迷惑な話だろうが人類は道具を開発して量産して流通させて配備する事で強くなる、そしてその間に労働力が発生して世は循環する。


「キョウ、予定よりも早いナー、半身をあれだけ動揺させてやったのに回復早いナー」


机の上に置かれた小さな鏡を覗き込む、紫檀(したん)や紅木(こうき)のように赤みの強い紫黒の髪がサラサラと肩に流れる、砂のように全てから零れ落ちるような極上の手触りをした髪質、自分で言うのもアレだが中々のモノだと思うナー。


眉の上で一文字に切り落とされた前髪、腰の辺りで同じように直線に切られた髪、全てが整然としていて面白味は無い、光沢のある髪が鮮やかに輝いても見る者がいないと空しいだけ、東の方では親しまれた色合いだがこちらの大陸ではどうなのだろうか?


紅染を基本としてその上に檳榔子(びんろうじ)で黒を染み込ませる事で完成される色、手で触れてみるとサラサラと流れて気持ちが良い、本当は誰かに触って貰うのが一番なんだけどナー、少し物悲しくなって頭を掻く、ボリボリ、自分のモノだから粗雑に扱う。


「シスター・グロリアは揺さぶっても面白く無いナー、この娘は完璧すぎて動揺させる事が出来無いナー」


軽く調べただけでも本人の張った網に引っ掛かりそうになるレベルだ、裏社会に通じているシスターだなんて聞いた事が無いしそれを巧妙に隠しつつバレた時の為にダミーを幾つも配置している、ダミーと言うよりは生贄だろうナー。


どれだけ遡っても彼女に行きつく事は無い、それは遡れば遡るほどに集団になり団体になり結社になりやがて個人に戻る…………トカゲの尻尾のように可愛いモノでは無い、シスター・グロリアが構築しているモノはそれだけ巨大であり危険なモノだ。


だからこそどうしてあそこまであの子に執着するのかその理由を知りたい、出来るならば本人の口から語って欲しい、あの子はその生まれが理由にならない程に邪悪で歪んでいて無垢だ、自分はそれを始末しないといけない、この世界の為に、第二の勇魔を生み出さない為に。


嘘つけ、理由はそんな事では無い、もっと個人的な。


「ふふ、でも決心が鈍ったナー」


もう一人のあの子が制御し切れるのならまだ見過ごしても良い、しかし軽い揺さぶりで動揺したようだしナー、心を覗けば一目瞭然、二人は二人では無く一人が切り替わる事で二人のように錯覚している、しかしそこに差異はある、二重人格よりも互いに近く親和性が高い。


鏡を見る、明るく濃い青紫色の瞳は全てに対して達観しているような薄気味の悪さがある、年齢は10歳ぐらいなのにその瞳の奥にある知性や経験が僅かに表面に出てしまっている、隠そうとしても無駄、ガキの姿なのが悪いのナー、成長しない我が身が少し憎いナー。


二藍と呼ばれる色合いをした瞳に自分自身でケチをつける、紅、または紅藍とも書かれるその色に藍を合わせた事で二つの色合い=二藍と呼ばれるようになった、肌の色はやや褐色寄りだが地色は白色なので仕事柄のせいだろうと溜息、火を扱うのだから仕方無い。


鼻も口も小さく整っていてそのせいで客や部下に軽んじられる事もある、しかし自分の正体を知っているモノはちゃんと洗脳済みだ、文字通り脳を洗って綺麗にしてあげた、心を読んで脳を洗う、剣を生み出す工程と比べたらどれだけ楽な事かっ、笑ってしまう。


「少しだけ様子を見ようかナー、どっちみちここに来たって事は怪しまれているしナー、客や店員に背格好で問い掛けたら呵々蚊(かかか)の事がすぐにバレるしナー」


この街に居着いてかなりの時間を有した、顔見知りも多いし誤魔化しが出来無い、だったらどうしてあの子をあの場で始末しなかった?


『――――そうね、好きな娘には意地悪したくなるものだから』


『―――――今日は褒めない、ごめんなさい』


『―――――貴方はどうして褒められたいの?』


『綺麗』


その言葉に何を期待したのだろうか?淡い気持ちを含ませてあの子を混乱させて誘惑して一部にでもなろうとしたか?冗談、あの子の為にあの子を殺してあげるのが呵々蚊の役割、使命、しかし弟の事まで語ったのは余計だったか?


再度鏡を見て溜息、洒落っ気の無い青い作務衣は幼い姿に良く似合っている、草鞋で地面を踏みしめながら大きく伸びをする、性別も糞も無いような格好だがこの見た目の美しさと自慢の髪で勘弁して欲しい、何分作業中なのだ。


「覚えて無いとはナー、一部にでもか、ふふ、一部にでも……一部だったのに忘れられた分際でナー」


遠い昔に捨てられた。


遠い昔に約束した。


キクタとレイはもう駄目だ。


あの子の願いは、死ぬ事。


それをさせない二人。


消えたいあの子。


キョウ。


「ナー」


殺してあげないと。


愛してたから。

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