閑話137・『企み母狐』

実の母親が天上にいる事実が俺を苛む、それって一生会う事が出来無いって事じゃないか?俺の母親はこの大陸を統べる唯一神、謁見する方法など誰も知らない。


形無きモノにどうやって会えば良いんだ?だけどそれを相談する相手もいない、キョウはお母様を警戒しているしこのままで良いんだ、自分の想いを封印しながら日々を過ごしている。


部屋の隅で丸まる灰色狐は子狐の姿をしている、こいつだって俺の母親だ、血の繋がった母親、そうだよな?うん、そう、寂しくて召喚したけど無言でこうやって同じ時間を過ごしている。


灰色狐は何も問い掛ける事は無い、何時もはあんなに五月蠅いのに俺の事を心配して何も言わない、無償の愛を注いでくれる愛しい子狐、ふぁあと欠伸を噛み殺している、鋭い犬歯がとっても素敵。


「俺って灰色狐に似てる?」


『突然どうしたのじゃ?』


鋭い犬歯を持つソレが人語を喋る姿はまだ少し違和感がある、俺の問い掛けに喉の奥を鳴らしながら灰色狐が答える、こいつにしては珍しい、何処かからかう様な口調、ああ、俺以外にはこんな感じだよな?


最初出会った時もこうだった、いや、違う、俺はこいつの子宮で育ったのだ、どうも時折頭の具合がおかしくなる、地面を蹴飛ばし椅子を使って前後に揺れる、その度に灰色狐の名前と同じ毛並みをした耳がピクピク震える。


「いや、親子だからさ」


『似ておるよ、儂に似て超絶可愛い』


「あ、そ」


『キョウが変な男に引っかからないかそれだけが母の悩みなのじゃ、あの腹黒シスターにはしっかり護衛をして貰わんとな』


「や、やだよ、外で遊ぶ時ぐらい自由にさせてよ」


『ダメじゃ、門限は17時』


「嘘だろオイ」


トテトテ、灰色狐が寄って来る、抱っこしろとせがむ様に尻尾が揺れるので仕方なく抱き上げる、軽い、灰色の毛並みに鼻を寄せて匂いを嗅ぐ、獣特有の臭いだが悪い気はしない、人間の姿の時は匂わないのに不思議なものだな。


ぬいぐるみの様に膝の上に置いて意味も無く撫でる、撫でるリズムに合わせて灰色狐の尻尾が左右に揺れるのが面白い、親子二人っきりの時間は久しぶりだ、何だか和む、何だかんだで灰色狐が傍にいると安心する、見守られていると感じる。


しかしこの毛並みは見事なものだ、手入れの行き届いた生きた獣の毛並みは毛皮なんて目じゃない程に素晴らしい手触り、灰色狐は目を細めながらカリカリと俺の太ももに爪を立てる、僅かに痛い、僅かに嬉しい、なになに、どーした?


『他の獣が寄って来ないように少しだけ印をなっ、痛いだろうが我慢するのじゃ』


「獣なんて寄って来ないぜ」


『この前だってキラキラ輝いたデカい獣が寄って来たでは無いか、嘘を言うで無い』


「そんな獣寄って来たか?」


『一部にしたでは無いか、脳味噌で遊んだのを忘れたか?』


「麒麟か、いや、あれ聖獣だから」


『聖獣だろうが何だろうが獣は獣に過ぎん、可愛いキョウのお尻を嗅いで興奮する卑しい四足よ』


「お、おしり」


『ほれ、これじゃ』


前足でお尻を叩かれる、ひゃん、悲鳴を上げた後に静寂、ギロリ、灰色狐を睨み付けると素知らぬ顔をして欠伸をしている、俺がエルフライダーとして壊れてゆく様を見ても何時もと変わらない、キクタを除けば自覚した最初の一部。


故に愛しく、故に恋しい、母親に向ける感情では無いな、自制をする、そんな俺の想いを促すように灰色狐の尻尾が優しく俺の手の甲を撫でる、丸まっている子狐の体温は何処までも温かくて何だか眠くなる、瞼を一瞬だけ閉じる、危ない危ない。


『眠いのか?』


「う、ん……麒麟を食べてから少しな、何度も、いしきとぶしぃ」


『ほう、そろそろエルフを捕食しないとキツイかもしれんな』


「う、ん……たべたい」


『儂が幾らでも幾らでも連れて来てやる、そうじゃな、里を一つ捧げても良い』


「ん」


『お前の母親は天上にいる神では無い、この儂じゃ………故に儂もそろそろ動き出すとするか』


子狐の口元が獰猛に歪んで犬歯が鋭く光る、ああ、やっぱり所詮は獣だなと思った。


やっぱり所詮は俺の母親、好きにしな。

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