第182話・『グロリアの着せ替え計画』

叱られる前の子犬を連想した私は腕組みを解いてキョウさんに向き直る、ギシッ、机の上に放り出された十字架を見て『ああ』とだけ短く呟く。


小刻みに震えるキョウさんを楽しみながら次の言葉を探す、キョウさんは甘えたがりの癖して私が仕事をしていると離れて一人遊ぶをする……そんな事は誰よりもわかっている。


一部を取り込むために一人の時間も必要だろうと黙認しているしキョウさんがそこら辺の冒険者や魔物に負けるとも思っていない、何せ私の複製であるクロリアが一部にいるのだ。


だけどこうやって面と向かって正直に話すって事は八方塞がりの状態なのだろう、仕事も一段落したしキョウさんの状況を把握するのが先決だ、顎で先を促すとしどろもどろになりながらもこの街で起こった事を説明する。


謎の人物に尾行された事、その人物はキョウさんと旧知の間柄のように振る舞ったが全然記憶に無い事、エルフライダーの餌としては大変に魅力的だったがエルフかどうかはわからない事、武器は魔力で操作する十字架だって事。


軽くメモしながらどうしてそのような状況になるまで私に相談しなかったのかともう一度だけ首を僅かに傾げる、何時もの様に餌と戦って傷付いただけならまだしも旧知の間柄とはこれ如何に?ふんふん、相槌もついつい多くなってしまう。


さらにその後に集団で襲われたが何も手掛かりは無いとの事、前者の人物と比べて苦戦する事も無く惨殺したらしい、後の集団の性別は全員女性でそこまで手強く無かったらしい、最初に出会った人物の事を主と呼んで命令に従っていたと。


「成程、それでキョウさんはどうしたいんですか?」


「最初に会った奴を殺したい、キョウが嫌っている、キョウが嫌う奴は俺が殺す」


「まあ、理由は個人の自由ですからそこに対しては何も言いません、旧知の間柄では無くクロリアのようにキョウさんを遠視していた人物の可能性の方が大きいですね」


「え、あ、でも、何か俺の事を」


「キョウさんの記憶はエルフライダーの能力で常に虫食い状態ですよね?そこをカバーするように女性体のキョウさんが存在している」


「う、うん、多分そう」


「そのキョウさんの記憶にも無いのならやはり向こうが一方的にキョウさんを知っている可能性が大きいですね」


「あ、そうか」


十字架を魔力で操作する集団、個人であれば特定し難いが集団で行動していたのなら足取りは掴みやすい、しかし個性的な能力を使う人達ですねェと心の中で呆れてしまう、結局はエルフライダーの能力を欲している組織だろうと予想する。


最初に出会った人物が全ての鍵を握っている、キョウさんには伝えていないが三つ目の可能性がある、一つ目は本当に知人である可能性、二つ目は遠視によってキョウさんを一方的に知っている人物、そして三つめはキョウさんの記憶を読み取る力を持つ人物。


これを伝えないのはもしもう一度その人物に遭遇した場合にキョウさんの記憶が読み取られて手の内を明かしてしまう事になる、私の記憶を読み取る可能性もありますが幾つもプロテクトを掛けているし魔法耐性も何十にも張り巡らせている。


「キョウさんは力は大きいですがもう少し色々と勉強しないと駄目ですね」


「そ、そうか………」


「私が叱ると思いましたか?」


「う、うん」


私のプレゼントした服はどうやらお気に召してくれたようですね、しょんぼりしているキョウさんも中々に良いモノですがやはり私としては何時でも笑顔でいて欲しい、私と同じ顔をしているのにどうしてここまで愛らしいのでしょうか、不思議です。


レヘンガと呼ばれる異国の民族衣装は軽やかで鮮やかだ、多彩な生地は艶やかに装飾されている、刺繍やパッチワークによって美術品のような完成度を誇っている、宝石などで高級感も演出していて見る者を魅了する、とてもとても良く似合っている、


部下や同僚のシスターには肌を重ねても感じなかった事、どうやら私は好きな人に自分の好みの物を買い与えるのが大好きらしい、お臍を丸出しにしたキョウさんは恥ずかしそうに身を捩じらせる、邪悪な視線を感じ取りましたか?服も中身も私のモノです。


「叱りませんよ、どうせ今まで私のいない所で好き勝手やって来たのでしょう」


「うぅう、バレてる」


「しかし今回は自分の手に余るから私を頼ったと、良いじゃ無いですか、真っ当な理由ですよ、この十字架は暫く預かりますよ?」


「う、うん、この服、グロリアに買って貰った」


「え、ああ、そうですね」


「えへへ」


「ッッ、に、似合ってますよ?」


あまりに無邪気に笑うものだからつい狼狽えてしまった、腹でモノを考える人間や相手を貶めようと企む輩には正々堂々と向き合えるのにキョウさんの無邪気さの前ではつい視線を逸らしてしまう、あまりに美しいものは目に毒だ。


特に私のような薄汚れた人間にとってはキョウさんの無邪気さは眩しすぎる、同じ容姿をしているのにどうしてここまで違うのだろうかと思う、また新しいお洋服を買って上げましょう、すぐに買い与えてはキョウさんも遠慮するだろうから時期を見計らって。


「グロリアも同じの買えば良いのに、俺より似合うぞ?」


「私と同じ服を着るのは恥ずかしいでしょう?」


「お、同じ日に着なければ良いじゃん」


「どうせ買うのなら同じ日に着ましょう」


「そ、それは、それは、やだっ!」


顔を真っ赤にして叫ぶキョウさんを見て絶対にしようと思った、しかしこの十字架、魔力を循環させて無駄なエネルギーを消耗させないように細工されている。


特殊な構造だ、この線で当たれば少しは手掛かりが掴めそうだ。


「グロリア!俺の話をちゃんと聞いてる?!」


聞いてますよ、何時でも。

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