第174話・『キョウは自分が何も出来無いと思っている』

「めんどいです」


昨日は何かあったっけ?記憶が曖昧で断片的にしか思い出せない、宿の一室で机の上に上半身を預けたグロリアがポツリと呟く、机の横には大量の資料。


エルフライダーの保護役としての報告をサボっていたとかで現在まとめて片付けている最中、羽根ペンをクルクルと回しながら不機嫌そうに唸る、俺はそれをベッドの上から見ている。


報告とは別にシスターとしての仕事も溜まっているらしく数日はここで缶詰状態になるらしい、あまりに親しくしているので忘れがちだがグロリアってこの年齢でシスターを統べる役割を持つ管理職なんだよなぁ。


クロリアや炎水の記憶を読み取る、次期幹部と噂されているエリート、そんなグロリアに世話されている何て少し恐縮してしまう、ジーっ、私服のグロリアを見れる事に至福を感じる、長居する場合にのみ見られるレア使用。


薄く淡いレインボーカラーのボーダー柄を浮かべたジップアップパーカが目に眩しい、ラメ糸を使ったロゴ刺繍も可愛らしい、同柄のボトムスのお陰で太ももを見る事が出来る、つるんつるんのぷるんぷるん、窓から差し込む太陽の光で輝いているぜ。


素肌に自然と吸いつくようなしっとり滑らかな肌当たりがお気に入りの理由だとか、普段は腰まである銀髪をポニーテールにして肩に流している、何とも言えない色気を感じて項垂れる……そりゃ部下も同僚もつまみ食いされるわな、う、羨ましい、けしからん。


「あーめんどい、キョウさんとお散歩デートしたいです」


「でもそれをしないと上層部から睨まれるんだろ?」


「そうですね、だけどそれと私が面倒だと思う気持ちは関係無いですからね」


「いいからさっさと仕事しなよ、大人なんだからな」


「き、キョウさんが厳しい」


「俺はここで太もも見てるから頑張れ」


「私も時折隙を窺ってキョウさんの太ももを見ているので頑張れます」


「ひぃ」


足をパタパタと泳がせて絵本を読んでいたので油断した、グロリアの一言に恐怖を感じて足を真っ直ぐに伸ばす、お、俺の太ももなんか見て何が嬉しいんだよ?うぅう、一時期太ももも毎日触られたな、あの頃は何も思わなかった。


お、男の太もも何か見て楽しむとはっ!このド変態っ!ぷくー、頬を膨らませて無言の抗議、しかしグロリアはクスクスと笑うだけで相手してくれない、ちなみに絵本はグロリアに買って貰った、難しい本は読んでも良くわかんないもん。


一部の知識や経験を得ても素の俺は学の無い田舎者、だからこれで良いのだ、絵本の内容が面白くてついつい足をパタパタと動かしてしまう、はっ!?グロリアの方を見ると資料や書類を放置したままこちらを凝視している、ひぃいいい。


青と緑の半々に溶け合ったトルマリンを思わせる美しい瞳が瞬きもせずに俺なんかを凝視している。


「あほー、あほー!うぅう」


「キョウさんの太ももを見る事で仕事が捗るのですから諦めて下さい」


「あほー!うぅうううう、へ、変態」


「キョウさんだって私の太ももを見ているのでしょう?なのにどうして私だけそのような扱いになるのですか?」


「しらないもん、さっさとお仕事しなよ、俺はここで絵本読んでるからっ!」


「はいはい」


「大人なんだから!」


「ふふ、私が悪かったです」


反省したようなので許してあげる、昨日の記憶が無い事とキョウがずっと眠っている事は何か関係があるのかな?んー、絵本を読み終わったら街に出て昨日の事を思い出そう!エルフライダーとして記憶が曖昧になるのは仕方が無い事だ。


それと上手に付き合って行かないとな、ふとグロリアの方を向く、既に俺の太ももの事は忘れて作業に没頭中だ、グロリアが確認して許可しないと駄目な案件も多いらしく何時に無く真剣な表情、無駄の無い動作で積み上がった書類を淡々と処理してゆく。


あんなに素敵な少女が俺の彼女なんだと思うと少し怖くなる、くるんと上を向いた長い睫毛、人形よりも整った造形、白磁の肌、全てが現実離れしていて見ていると自分に自信が無くなってしまう、うぅうう、ふ、太ももだけ見よう、エロい!


「ふーんだ、俺だって仕事しようとしたら出来るもんなー」


「?」


「えっと、畑仕事、狩猟……えっとえっと、野草採り」


「………………」


「えっと、えっと」


あれ、もう無いっけ?不安になる、キョウが起きていたらここでフォローしてくれるのに眠ってるし!俺が何も言わなくなって項垂れているのにグロリアは何も言ってくれない、きっとお仕事に夢中で俺の相手をしてくれないんだ。


お仕事は大事なので我儘は言わない、現実逃避するように絵本を読み進める、絵柄も可愛いし何より内容がわかりやすい!ポンコツな俺でもしっかり理解出来る内容だし、そもそも子供向けだからそりゃ理解出来るかー、んふふふ。


キョウは俺と違って難しい書物も好んで読む、切り替わっている時に何処かで手に入れたのかいつの間にか荷物の中に紛れている、栞の部分から読んでみたがさっぱり理解出来無い学術的な資料だった、いや、理解は出来るだろうが読みたくない!


「俺だって、グロリアみたいにお仕事出来るかもだし」


「………………」


「えっと」


集中しているグロリア、んー、何だか寂しくなってベッドから立ち上がる、背後から手元を覗き込むが恐ろしスピードで文章を書いている、おぉおぉ、しかも難しい言葉でわけわかんない、これまたキョウがいてくれたら噛み砕いて説明してくれるのにっ。


中々に値の張りそうな羽根ペンだな、鵞鳥や雁等の割かし大型の鳥の羽根から作られる羽根ペン、良質の羽根を手に入れるには春頃に生きた鳥の翼から翼端に最も近い風切り羽根を千切るのが一番だ、良質なモノには違いないが俺が手作りした方が良いかも?


ちなみに左の翼から取った羽根の方が需要が多い、羽根軸の曲がりが右利きの書き手にバッチリなのだ、鵞鳥や雁が一般的だが白鳥やカラス、さらに猛禽類や七面鳥の羽根も使われる、カラスに関して言えば細い線を描くのに最も適しているのでグロリアの文字と相性が良いかも?


グロリアの文字には高い知性が感じられる、綺麗だけど個性もある、んー、手持ちの道具で何とかなるかな?翼から抜き取った羽根は根の部分を切り落として筆記に使えるように整形して切れ目を入れないとな。


「グロリア」


「はいはい、どうしました?」


「今から羽根ペン作って来るからちょっと待っててな」


「はいはい…………え!?」


「うぅうう、グロリアみたいにどんな仕事でもカッコ良く出来るようになりたい、行ってくるー」


「…………自分の事を客観的に見れないんですね、ふふ」


何故か笑われた。

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