第173話・『主人公は可愛いと言われると嬉しい女の子』

空中に十字架が浮かび上がるのを見て飛んで回避する、四つの先端から魔力が溢れ高速回転する、魔力を感じなかったのにどうして?


キョウは私が指示する前に全力で回避する、先程まで私達がいた地面には十字架が突き刺さっている、目の前のソレが懐から取り出した十字架は意思を持ったかのように空中を浮遊する。


「き、れい、きれい、れい、れいはすきぃ」


「――――弟の名前よ、忘れたの?」


「れい、れい、おかあさま、かぞく」


「――――ちゃんと覚えてるじゃない」


キョウは四肢を地面に預けて獣のようなスタイルで前進する、目の前のソレを食らうつもりだ、突き立てられた爪が割れてグロテスクな肉が薄汚れた地面の上を擦れる、痛みで絶叫しながらもキョウの食欲は止まらない、どうして勇魔の名前を知っている?


黒い布を纏った謎の存在、そいつの前にまで一気に肉薄して大きく口を開く、魔物の細胞が活性化して犬歯が鋭く伸びる、それを突き立てて生き血を啜るのだ、だけどまるで手慣れた作業のようにキョウの首を掴んで軽く捻る。


食い込んだ指がキョウの皮膚を赤く黒く染める、ぐぇぇ、キョウは間抜けな声を出しながらも必死で食らい付こうと暴れる、どうしてそこまでこいつを食べようとするの?エルフ、エルフだろうけど、私は嫌だよ、だってこいつはキョウを綺麗だと言った。


ここまで人間性を失ってエルフライダーとして覚醒しているキョウを綺麗だと言ったのだ、そこに恐ろしいまでの嫉妬を覚えてしまう、普段のキョウなら良い、だけどエルフライダーとしての孤独を理解してあげられるのは私だけだ……お前の出番じゃないよ。


「くい、たいぃいいいい、なんでなんで、いじわるぅぅ」


「――――そうね、好きな娘には意地悪したくなるものだから」


腹を蹴飛ばされる、転げ回るキョウは現状を理解出来ずに目を瞬かせる、こいつ何者だ、キョウは麒麟すらも一部にして人外の能力を得ている、それなのにまるで全ての動きがわかっているのだと言わんばかりの攻防、キョウの攻撃を全て無効化している。


ゴキッ、キョウがねじ曲がった首を修正する、骨が肉の外に飛び出るがすぐに再生する、餌を前に興奮している、その餌が厄介であればある程にキョウは興奮するのだ、しかしこのままだとやばいかも、もしもの時は私が表に出てキョウを守ってあげないとねェ。


「――――ちゃんと自分で治せるんだ」


「う、ん、ほめて」


『キョウ?』


褒めて、キョウは特別な人間にしかソレを求めない、自分が人間では無いと自覚しているキョウ、自分の特別な存在が全ていなくなるとわかっているキョウ、何処までも悲しくて愚かなキョウ、その言葉を求めるのは何時だって特別な人間、それなのに今日出会ったばかりの餌に?


狼狽える、他の一部も狼狽えている、先程までの凶暴性が幻だったかのように甘えた口調で目の前のソレに問い掛ける、部下子、アク、クロカナ、グロリア、そして私、その特別席が何でも無いモノのように目の前の存在に譲られようとしている、ど、どうしてなの。


こいつ、なんなの。


「―――――今日は褒めない、ごめんなさい」


「おれ、ほめて」


「―――――ごめんなさい」


「ぅぅぅうぅぅうぅぅ」


「―――――貴方はどうして褒められたいの?」


「おまえ、おまえ、きれい」


「―――――姿が見えないでしょう、これだと」


「?でもきれい、ほめてぇ、ほめてぇ、おれ、かわいい?」


「―――――」


「?どぉして」


どうして、どうしてキョウはこいつに褒められたいの?二人のキョウの言葉が重なる、だけど黒い布に包まれたそいつは何も言わずに佇んでいる、許さない、キョウにここまで想われるなんて絶対に許さない、出会った時から何故だが許せなかったのだ。


キョウは甘えるように喉を鳴らしている、飼い主に甘える子猫のようだ、コイツの何がキョウにここまでさせるのか?同じキョウである私が反応しないのが何かのヒント?わからない、わからない事がわからない、このエルフと思われる人物は何者だ?


「――――今日はここまで、後ろで嫉妬している貴方もね、いい加減に子離れしなさい」


「いかないで」


『っっ、キョウは私の子供じゃないっ』


「――――じゃあね」


私の叫びは聞こえないはずなのに彼女が薄く微笑んだような気がした。

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