第171話・『キョウのハグは安売り中』

『子供だねェ、気配も隠して無いしどうする?』


グロリアへの土産として例のお菓子を買った俺にキョウが優しく甘い声音で問い掛ける、意図的に無視していたのにどうするかって聞くなよな、まるでキョウが嫌なら私が始末するけど?と言っているようだ。


溜息、別におかしな気配では無いし魔力も感じられない、それなのに少しでも怪しかったら始末するのか?キョウは俺の身を案じているのだが攻撃的な一面があるのも確かだ、常識があるようで無いような娘だからな。


どうしたものかと溜息を吐き出す、キョウに任せるのは絶対に駄目だ、事情もわからないのに子供を始末するだなんて完全にイカれてやがる、だけどキョウを否定する事もしない、キョウは俺を心配してくれているだけだ。


『これからキョウに害を与えるかも?尾行するって事は絶対に良い事では無いからねェ、んふふ、子供は脆いからね、簡単に壊せるよ?』


「………キョウ、あまり攻撃的になるな」


『んふふ、どぉして、キョウを傷付ける人間に老いも若いも幼いも関係無いよォ、それとも自分でちゃんと処分出来る?』


蜂蜜を連想させる甘くて粘度のある声音、男も女も関係無く魅了する魔性の声、キョウの声ってグロリアの声とは真反対だよな、グロリアは何処までも冷たくて透き通った声をしている、キョウは何処までも耳に残るような甘ったるい声。


でもグロリアと俺もキョウもクロリアも同じ声なのに変なの、人格によってこんなに変わるのかと再確認する、しかし気配の主はこの街の人間だな、隠れる場所に迷いが無く自信に溢れている、その自信のせいで己の居場所を主張しているんだけどな。


この商業都市には様々な人種が溢れているからある意味で個性を見つけにくい、個性の強い者が集まれば無個性になる、故に気配の主を見付けるのも一苦労だ、子供なのはわかるけど子連れの商人も多いし厄介だぜ、キョウの殺意が膨らんでいる。


『どぉして、どぉして、私に代わって、ちゃんとするからァ、ふふ』


「ダメ、ちゃんとされたら困るんだぜ?こんなに沢山の視線があるのにどうやって殺すんだよ」


『?麒麟の雷光で街を消せば良いよォ』


「それは思い付かなかった、グロリアに怒られるぜ?」


『グロリアは関係無いもん、キョウと私だけの問題だもん、秘密だもん』


「キョウ……あのなぁ」


お母様の気配を感じてからどうもキョウが張り切り過ぎているように思える、それでいて俺を甘やかし過ぎている、さらに言えば自分も思いっきり甘えてくる、お母様の存在がそこまで怖いのか?そこまで恐ろしいのか?同じキョウなのに実感できない。


好意と愛情で行おうとしている事を咎めるのは辛い、キョウの殺意は溢れるばかりで俺はビビってしまう、女の子だなぁ、俺の為にここまで怒らなくて良いのにさ、しかし俺を尾行している子供もドヤオーラ垂れ流し過ぎだぜ?それじゃわかっちまうよ。


『キョウの為に柔らかい子供を殺したいなァ、ねえ、聞こえているのに無視しないでよ』


「そりゃ、無視したくなる内容だからだろ」


街の人間の話から遠方との交易路も数多く開かれた事で遠隔地商業が可能となったらしい、活気と賑わいには理由があってソレが街を彩っている、キョウの声は洗脳するような甘さで俺の脳味噌をシロップ漬けにする、前はこれでグロリアを嫌いになりかけたり酷い事をした。


俺も成長したんだなと思う、最も活気がある秤(はかり)の市では秤で量った香辛料や塩が取引されていて足を止める、香辛料なら旅先にも持ち歩けるし食材に飽きが来た頃に重宝する、俺が止まると同時にドヤオーラの気配も止まる、キョウは相変わらず口煩い。


「おっちゃん、勇者の元仲間がこの街にいるって知ってる?」


「いいや、知ら無いねェ、しかしお嬢ちゃん綺麗だねェ、何処の地方の人間だ?」


「いやいや、シスターだよ、見たらわかるだろ?」


「そうかぁ、都会ではそれが当たり前なんだなぁ」


「え、シスターしらねーの?」


「お嬢ちゃんはこの調味料を知ってるかい?」


「な、何だかマイペースなおっちゃんだな」


差し出された粉を舐めてみる、ぴりり、辛みが最初に来る、そして何とも言えない苦味、一瞬だけ眉を寄せた俺を見ておっちゃんは手を叩いて笑う、周囲の人間がシスターに対して不躾だぞって視線を向けるが俺にとってはこの反応の方が好ましいぜ。


歯の欠けたおっちゃんの笑顔は邪気が無く子供のように無邪気だ、参ったと両手を広げる。


「ワシの勝ち、ふひひひ、純粋なお嬢ちゃん」


「負けた負けた」


「勝者にハグをしてくれぃ」


「はいはい」


抱き付いてハグしてやると尻を揉まれるがまあ嫌な気分では無い、このおっちゃんからは性的な嫌悪感を感じない……悪ガキがそのまま大きくなったかのような人柄だ。


俺がおっちゃんに抱き付いたと同時にドヤオーラの気配も騒がしくなる、動揺している?


『だ、だだだだだ、ダメェ、キョウ、お、お、女の子なんだからっっ』


こっちも動揺していた。

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