第169話・『イカと狐の戦いとお小遣い』

山に入って獣を狩っているとあの頃の自分に戻れる、目的の場所まで後数日、エルフライダーとしての食欲は膨れる一方だが人間としても食事をしないとならない。


しかし狩るモノもどんどん大きくなった、そして今は魔物を狩っている、魔力の強い魔物はこの体に良く馴染む、木々をへし折りながら肉薄してくる魔物は巨大なイカのような姿だ。


地上なのに山なのにイカってどうよ?触手を伸ばしながら奇怪な声で叫ぶ、まるで女の喘ぎ声のようなソレに耳を手で押さえる、ちなみに灰色狐の背中に跨っている、猟犬では無く猟狐。


つい数日前まで俺が落ち込んでいるのをわかって何度も優しい言葉をくれた、それを無視してソファの上で丸まっていたわけでが肉体に取り込んでいない灰色狐に出来る事は心に直接語り掛ける事しか無い。


今日は久しぶりに召喚したわけだが妙に張り切っている。


「灰色狐の背中はモコモコしていて最高の説」


『な、何じゃ?!褒めてもお小遣いぐらいしか出ないのじゃ!』


すげぇ出るじゃん、灰色狐は星定めの会のお偉さんなので貯金が沢山ある、何かある度に俺に小遣いをくれるのだが何だか申し訳無い気持ちになる……今だってこうやって自分の為に使っているしな、俺の一部だから当然だけど。


このイカちゃんは何時の世代の魔王の眷属だろうか?触手の先には鋸のように細かいギザギザのある刃物のような器官が恐ろしい速度で高速回転している、灰色狐はその攻撃を軽々と避けて闇夜に舞う、風の強い夜だ、気持ち良い。


俺の力に汚染されて灰色の毛並みは金糸と銀糸に塗れた体毛へと変化している、犬ぐらいなら一呑みに出来そうな巨大な体躯、魔物に等しい狐の化け物は俺の望むがままに飛翔する、そして小遣いもくれる、あ、あんまりいらないぜ?


「うおおおおおお、食わせろー、ファルシオンに血を吸わせろーーーー!」


『儂の子供が今日も可愛くて凶暴で可愛いの』


「お小遣いはいらないぜーーー!!」


『ひ、独り立ちするのか?!だ、ダメじゃ、お小遣いを受け取ってェ』


「そ、そこまで言うなら」


『…………そうじゃな、言い値を与えよう』


この母親駄目だ、触手にファルシオンを叩き込むが何分切れ味が悪いからな、肉に食い込むだけで軽々と弾かれる、魔剣になろうと重量で何とかするしか無いのか?ふふふふふ、それでこそ俺のファルシオンだぜ。


べしっ、むに、べしっ、むに、べしっ、むに、斬るつーか叩く感じ、どれだけ叩いてもイカちゃんの触手を斬り落とす事は出来ない、しかし敵も灰色狐の俊敏な動きを捉える事が出来ずに時間だけが経過する。


「ふ、ファルシオンが通用しない」


『今のキョウなら無色器官やら魔法やら錬金術やら神の力やらがあるじゃろうに、選り取り見取りじゃ』


「だ、ダメ、ファルシオンが俺の相棒だからファルシオンで勝つんだもん」


『儂がもっと良い武器を買ってやろうかの、星定めの会には聖剣も大量に保管しておるし儂の権限で――』


「ダメ、ファルシオンが好き」


『そ、そんな量産品の安物なんてキョウに相応しく無いのじゃ』


「うるせー、畜生が」


『キョウ!?』


「可哀想なファルシオン、ふんっ、お小遣いもいらないもん」


『キョウっっっ!?!?』


しかし見るからにイカだな、妖精の感知を使って隅々まで分析する、皮膚には色素細胞が大量に並んでいるようだ、精神状態や周囲の環境に合わせて体色を自在に変化させるようだが俺の感知からは逃れられない。


灰色狐に情報を流して攻撃を躱す、周囲の色彩に溶け込ませて触手を伸ばしてくるが俺にはそれが感知出来る、両目の間に存在する神経系の基部に魔力が集中している、あそこにファルシオンを突き立てれば戦いは終わる。


カタカタカタ、まただ、ファルシオンが笑うように小刻みに揺れる、戦うのが楽しいのか?切断出来ない相手と戯れるのが楽しいのか?そういえば剣の気持ち何て考えた事が無いな、もしかしてすぐに切断出来るよりこうやって斬れない相手と戯れてる方が楽しいのかな。


「ファルシオンもご機嫌だな、勝てない相手は嬉しいか、斬れない相手は面白いか」


『もはやそれは武器としてどうなのじゃ』


「うるせぇ畜生!」


『うぅ、儂が屠っても良いのじゃぞ?』


「うーん、ファルシオンのやる気に応えてどうにかしてやりたい」


イカちゃんは触手の数を増やし続けている、魔力で生成しているのかわからないけど手数は増えるばかりで防戦一方になる、迫り来る触手を片手で弾く、鋸のような刃が皮膚に食い込もうと必死にもがくが皮膚を切り裂く事は出来ない。


逆にそれを捩じるようにして腕に固定して強く引き付ける、かなりの重さだし触手を木々に巻き付けて必死に抵抗している、溜息、灰色狐が踏ん張ってくれているがこれ以上引っ張ると触手が切れそうだ、ん?思い付いてファルシオンに腕の触手を巻き付ける。


やっぱり切れ味が悪いので触手を切断する事は無い、そのまま灰色狐に命じて一気に肉薄する、急に方向性を変えたせいかイカちゃんが後方へと倒れる、ふふん、木々を薙ぎ倒しながら接近する灰色狐、大量の触手が襲い掛かってくるがそれを器用に避ける。


イカちゃんを中心に円を描くように回転する、大量に展開していた触手が良い塩梅でファルシオンに固定された触手に巻き込まれながらイカちゃんを圧迫する、ギリリリリ、そのまま強く締め付ける、やがて触手から弾力が消え白濁した色へと変化する。


「ファルシオン、やったぜ」


カタカタカタ。


『べ、別にその剣が無くても腕で良かったように思えるのじゃが』


「うるせぇ!」


『うぅう、キョウが反抗期で辛いのじゃ』


お小遣いはやっぱり貰った。

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