第164話・『子猫のキョウ』

キョウさんの様子がおかしい、と言っても必死で誤魔化そうとしているようですが私にはわかる、望んでいない一部でも取り込みましたか?


私の城に戻って来てからどうも覇気が無いように思える……この街の住人の秘密も知ったようですし魔物化させた人間を操ってその人達の命を奪ったようです、証拠は何処にもありませんよ。


誰も私やキョウさんを責める事は出来ない、だけどキョウさんの心配はそこでは無いようです、この短い時間でどれだけ濃密な時間を過ごしたのだろうか?どのような一部を取り込んだのか興味がある。


しかしもう一人のキョウさんの命令で手札は隠しているようですし無理に聞いて嫌がられても困る、キョウさんにそんな瞳で見られたら半日はやる気を無くしてしまう、チラチラ、書物を読み耽る真似をしながらキョウさんを見る。


憂いに満ちた表情が保護欲を刺激する、雨に濡れた子猫のような表情、キョウさんは猫っぽいですよね、キョウさんからしたら私の方が猫っぽいらしいですがどうなんでしょう?同じ生き物で嬉しいですねキョウさん。


「キョウさん♪」


「………なに」


「いいえ、横顔が愛らしかったので呼んだ見ただけです」


「………やめてよ」


ふい、顔を背けるキョウさん、からかっていると思われただろうか?心外ですね、心のままに伝えた言葉が宙に消える、それはとても嫌な事でとても苦しい事、以前の私なら邪笑を浮かべながら聞き流していたのに時間の流れとは不思議ですね。


木枠に華やかな柄の革張りをしたソファの上で丸まっているキョウさん、中々に高い買い物でしたがキョウさんに使われるならこのソファも満足でしょうに、帝政様式(ていせいようしき)と呼ばれる豪華絢爛な装飾が目に眩しいがキョウさんの放つ光の方が遥かに強い。


視覚的なモノに加えてキョウさんの醸し出す空気は場を明るくして人を幸せにする、天性のモノでしょうね、そしてそれを独り占め出来る幸せを噛み締めながら欠伸をする、猫のように丸まっているキョウさんを見ていると少し眠くなる、まだ早い時間帯なのにキョウさんは既にお風呂を終えている。


「可愛いですね、その服、サイズは大丈夫でしたか」


「胸が少し苦しい」


「なっ」


「嘘だよ、俺とグロリアそんなに大差無いし」


感情の無い声で淡々と呟くキョウさんは何処か痛々しい、白いワンピースを着たキョウさんは足を遊ばせながら虚空を見詰めている、下着がそのせいで丸見えだ、女性用のソレに抵抗を見せなくなったのはキョウさん、その心境はどのように変わったのだろうか?


夜になればその中身を自由に出来るのに何故か食い入るように見詰めてしまう……視線を感じたのかキョウさんが一瞬だけ足の動きを止めるがすぐにまた遊ばせる、ピンク色の下地に金糸と白が良く映える、華の刺繍に白いレースのフリルが目に眩しい、私は何を見ている?


こんな姿を部下に見られたらお終いですね、目頭を押さえながら自制を促す。


「………ばーか」


「んなっ!?」


「………ふん」


今日の子猫は珍しい程にご機嫌斜め、毛並みは美しいのに言葉は厳しい、こうやって誰かに責められるのは好きでは無い、実力で相手をねじ伏せて支配するやり方しか私は知らない、だけどキョウさんの口からソレが吐き出されると何故だが胸がときめく。


読み掛けでも何でも無い本を机の上に放り投げてキョウさんの丸まっているソファの肘掛けに座ってキョウさんを覗き込む、表情は見えないし相手もしてくれない、今朝方から本格的に雨が降り始めて今もそれが続いている、あの魔物が殺した人間の血も全て流してくれる。


窓越しに見える雲は真っ黒で時折雷を放ちながら己の存在を誇示している、雷が落ちる度にキョウさんは体を抱き締めるようにして小刻みに震える、しかし私を頼ろうとはしない、甘えて頬を擦り付けてくれればそれで情事に耽れるのにと下卑た思考をする。


「キョウさん、お腹空きませんか?」


「……空かない」


「キョウさん?」


「…………食べたくないもの食べたから空いてない」


「…………これは、私が悪いですね………自分の浅はかな考えに自分を殺したくなる」


傷付いたキョウさんは何も語らない、そんなキョウさんの体を求めようとした即物的な自分を殺してしまいたい、私の知らない所で傷付いて帰って来たのだ、雨音は激しくなるばかりで止む気配も無い。


「グロリア」


「はい」


「抱いて」


「はい」


「………エッチは無し」


「はい………朝までずっと抱いていますよ」


「………ん」


雨が止むまで、貴方が泣き止むまで。

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