第165話・『愛の激励は内臓破裂』
久しぶりに城の外に出た、再生は十分だ、ここでは街の人間の視線があるので少し遠出しよう、体が妙に軽い、麒麟の細胞が全身まで行き渡り俺に恐ろしい脚力を与える。
飛翔する、あまりの速度に道行く人間は疑問すら思わない、グロリアが一日中抱いてくれていた、すんすん、ワンピースの匂いを嗅ぐとグロリアの匂いがする、妙に嬉しくなってさらに飛翔する。
あの太陽に届くかな?手を伸ばしながらジャンプするがすぐに重力に負けて地面に着地する、やばいやばい、下に誰かいたらパンツが丸見えだったな、いやいや、俺のパンツが丸見えでも誰も喜ばないしな。
「ふぁああああ、ん、そろそろかな」
近場にある魔物の住む森……クエストを受けたわけでも無くその中に足を踏み入れる、二人の修復にエネルギーがいる、魔物を捕食したい、一部にするわけでは無く単なる栄養として吸収する。
ぎゅるるるるるるるるるる、お腹が減るがやる気は出ない、微睡壬は俺の一部になれて嬉しいと喜んでくれた、本来の他人として寄り添ろうとした決心を覆して、その新たな決心が俺を苦しめる。
はぁ、さっそく魔物を狩ろうとした時に体が大きく震える、一部が強制的に形になろうとしている、微睡壬かと思った……きっとそれはあいつには他人であって欲しいって我儘、俺の命令を聞く一部では無い存在でいて欲しい。
だけど違う、同質の力による干渉、体をくの字に折り曲げて絶叫する、イタイイタイイタイイタイ、じじじじじじじじじっ、ここまで攻撃的で排他的な意思は初めてだ、吐き気を催しながら巨大な瘤となったソレを首元から切り捨てる。
「ぐえぇぇええ、げぇ、はぁはぁ、呼吸が……ふふ、吐いちまった、今の俺にはお似合いか」
「……おお」
肉塊は汚らしい粘液をまき散らしながら地面を転がる、その表面には枯れ葉と泥が付着して何とも言えない状態になっている、それをそのままに収縮して一人の少女の姿を形成する、俺の意思を無視しての具現化は強烈な痛みと精神的な負荷を与える。
しかしそんな事はまるでどうでも良いって感じで小さな声が漏れる、並みの精神力では無く並みの一部では無い、俺の意識を無視するだ何て麒麟でも出来ない芸当だぜ、ふふふ、同じ天命職だからこそ出来るのかな?笑うに笑えない、俺はお前に許していない。
グロリアに貰ったワンピースがお前の汚らしい粘液で汚れてしまったじゃねーか?脳の奥の方が冷えてゆく、苛立つ、そうだ、俺は苛立っていたんだ……結局はソレだ、微睡壬を守れずに護れずに俺は何をしていた、エルフライダーの能力に溺れて麒麟を取り込んでいた。
クソだ。
「んだよぉ、ぶん殴られたいのか、殺すぞ」
「………………ころーす」
どうして強制的に具現化したのか不明だが姉ちゃんは既に具現化を完了している、風が強い………揺れる枝がザワザワと地上に影を映し出し特殊な空間を生み出している、どうも状況が呑み込めない、木々の間から差し込む太陽の光があまりにも眩しくて何故か怯えてしまう。
違う、俺は本当は何に怯えてやがるっっ、姉ちゃんは何時ものように意図の読み取れない表情をしつつ武の構えをする、俺は微睡壬と墓の氷の為にエネルギーを必要としているのに邪魔しやがってっ、ここまで反抗的で自由な一部は姉ちゃんと祟木ぐらいだ。
俺の一部が俺に逆らうんじゃない、そうだ、苛めよう、苛めて虐めて四肢を無くしてそして戻そう、俺の体に戻そう、ぁぁああああああああああああ、いたいんだ、ずっとあの日から何処かがおかしいんだ、助けてよ、たすけて、おかあさま、おれはここにいる。
おかあさまならたすけてくれるでしょう。
「……まどろみ、おかあさま、まどろみ、おかあさま、まどろみ、おかあさま、まどろみ、おかあさま、たすけて、すくえない、たすけて、すくえない」
「……………おいで」
「ぁぁあああああああああ、アクうううううううううううううううううううううううううう」
弾ける、衝動が弾けてグロリアの優しい抱擁によって封印されていた感情が一気に爆発する、踏み込んだ地面が沈み衝撃で幾つかの木々が折れる、天に舞う雲が四散して鼓膜が破れ耳から血が吹き出る、あくあくあくあく、まどろみ、おかあさま、たすけてよ。
このせかいはこのせかいはこのせかいは、おれには、おれは、どうしてここにいるの。
「あくあくあくあくあくあくあくあくあくあくあく」
「…………おそい、とあ」
手奇異(てきい)は俺の初動をあっさりと読み取っている、ここまで人外の力を得た俺の拳を手の甲で軽く捌いてしまう…九怨族でありながら髪の色は朱色では無く紅紫なのがこいつの特徴だ、東の貴族が高貴な色として崇めるソレが狂いに狂った俺の視界の中で艶やかに舞う、腰にまで伸びたソレを中心でバレッタで留めている。
犬の尻尾のようなソレが素早く首元に巻き付く、まるで意思があるかのように俺の首を圧迫する、その瞬間に姉ちゃんの足払いが炸裂する、自分の体重で首をさらに圧迫される、綺麗なその髪は千切れる事は無い、俺の体重を自分の首だけで支えながら幼い少女は微笑む、腹に拳を叩き込まれる、その度に姉ちゃんが首を前後させて一定のリズムを刻む。
まるで餅つきのようだ、畔の水面のように穏やかな瞳が冷静に俺を見下ろしている、いたいいたいいたいいたいいたい、あぁぁああぁぁあああああぁ、いたくない、こんなのはほんとうはいたくないよぉ。
「ころず」
「…………やってみ」
「ぁあああああああああああああああ」
「…………とあ、とあ」
拳が何度も叩き込まれる、あまりの速度で残像が見える、拳の速度は首の上下とリンクしており体が浮かび上がると同時に首を上げて拳が叩き込まれると同時に首を下す、両方の動きが互いの動作を異常に加速させ俺の反撃を許さない完璧な状態を生み出す、首の締め上げにより呼吸もままならない。
「………レコ・ン義須??、割と奥義」
「――――――――――――」
「…………どおした?殺すんじゃないの?」
「ぎぇ」
吸水性があって着心地に考慮した胴着は洒落っ気の一つも無いが実用性に特化している、そこに俺の血が染み込んでゆく、容赦の無い攻撃、常人なら既に内臓破裂か呼吸困難で死んでいる、首の骨も折れている、だけど俺は死ねない、微睡壬のように死ねない。
あいつは生きている、だけどもう一部だ、それが無性に悲しいのにそれを認めたままエネルギーを補給しないとならない、その虚しさ、姉ちゃんは何時もの様に無表情だ、理由も理屈も無い、俺を単純にボコボコにしている、この思考が羨ましい、俺もこうありたい。
全体的に細く研ぎ澄まされた肉体は機能性のみを追求したかのように美しく無駄が無い、機能美を極めたかのような素晴らしいソレが俺の肉体を破壊する事だけに全神経を傾けている、それが嬉しい、うれしい、このまま。
「………お?」
俺が何かした意識は無い、しかし先程俺が作り上げたクレーターから巻き上がった粉塵が収縮する、そうか、まだそんな一瞬の出来事だったのか、この人外の速度より速い姉ちゃんは何者なんだ、それは人間の手の形になり姉ちゃんの顔面に飛来する。
「………ふん」
それを額で軽々と粉砕する姉ちゃん、問題はそこでは無くソレがゴーレムの腕である事実、俺は能力を行使していない、まどろみ、あいつ、かってに、おれをたすけようとして、おれはおまえをまもれなかったのに、どうしてどうして、おしえて、おかあさま。
「………おしまい、少しはわかれー」
「………ねえちゃ」
「………何時までも泣くのだめ」
ねえちゃん、わらってる、あんがと。
まどろみもな。
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