第163話・『おかえりなさい、そしてごちそうさま』

散々たる惨状に何も言えずに蹲った、血は何処までも広がっている、隣にいた麒麟が優しく俺の肩を叩くがそんな事はどうでも良かった。


一人は死んでいる、一人は生きている、墓の氷は四肢をもがれて首を折られているが高位の魔物であり何より俺の一部だ、しかし何かしらの力が働いて再生を阻害されている。


叱るつもりも責めるつもりも無い、こいつにここを任せたのは俺の判断だしこいつとまともにやり合える奴がいる何て想像もしていなかった、触手を伸ばして空中に固定する、肉片がボロボロと落ちる。


それをゆっくりと取り込みながら再生には一か月はいるなと現実逃避する、俺は自分自身の甘さに唇を噛み締めながら遺体に向き合う、微睡壬、苦悶を浮かべた彼女の表情は見るだけで胸が痛い、あいつか?


あのシスターがこれをしたんだな?墓の氷の脳味噌から情報を読み取るが損傷が激しく映像が乱れている、しかし宙を舞う天使の姿だけはしっかりと瞳に焼き付いている、溜息、涙、絶叫、感情がグチャグチャで何が何だかわからない。


あんなに頭良かったのにこんなに軽いのな、それとも俺の体を構成している使徒やらシスターやら魔物の細胞のせいで『普通』では無くなったのか、クスクスクス、喉を鳴らして頭部を抱き締める、死んでいる、冷たい、軽い、青白い。


朝焼けを眺めながらどうしようかと考える、ああ、グロリアに再会しないとな、そして微睡壬をちゃんと弔ってやって、あああ、そもそもこいつが死んだのは俺のせいだ、大切だと思った存在は一部になるか永遠に別れるかの二つの選択しか無い。


何時も何時も何時も何時も何時も何時も何時も何時も何時も何時も、俺のせい俺のせい俺のせい俺のせい俺のせい俺のせい俺のせい俺のせい俺のせい俺のせい俺のせい俺のせい俺のせい俺のせい俺のせい俺のせい俺のせい俺のせい。


「微睡壬、ごめんなァ、俺がお前に出会ったから」


ずっと一人で生きて来てそして苦しんで死んだ、墓の氷は俺の命令を護ろうと必死に戦ったようだがあのシスターはそれを軽々と凌駕した、天使になったシスター、一体それはどのような経緯でそうなったのだろう?戦闘力だけ見れば欠陥品では無い。


なのに追い出された?なのに追放された?意味がわからない、小さな微睡壬の頭部を抱き締めながら東の空の雲が赤く輝く様を見詰めている、俺はどうしたいんだ、どうしてここから動けないんだ?俺は、アク、アク、お前に似ていた女の子が死んだよ。


どうして何時もこうなってしまう。


「麒麟、見てくれ、こんなに小さくなっちまった」


「このように他の一部の情報も共有出来るのですか、墓の氷、強力な個体ではありますが魔王の眷属でも天使化したアレの前では……護るべき対象がいなければ話は別ですが」


「麒麟、そんな事はどうでも良いんだ、こいつ、俺は大好きでさ、ずっとずっと他人でいたくて、そして、グロリアに飼っても良いかなって、世話もするからって、それで」


「ああ、その人間を飼育されるおつもりだったのですか、その状態は死んでいますよね?人間は脆くて弱いですから」


「ああ、弱くて脆くて儚いな」


「我は違います、我を見て下さい、ソレは埋めてしまいましょう」


「ふふ、お前、とても素直だな、とてもとても真っ直ぐで愚直で自分だけを見るように強要する、まるで俺だ」


「貴方様の一部ですからもっと貴方様と同じようになるように頑張ります、して、どうなさいますか?」


「もう少し抱いていたい、良く笑ったんだぜ、こいつ」


「我は構いませんが、お体が冷えてしまわないか心配です」


「いいさ、このまま死ねば良いんだ、俺なんか」


「に、人間に、人間なんか見ないで下さい、人間ばかり……わ、我はそんな風に死なないのに、ひっく、わ、われの」


「ああ、少し泣いてろ、耳障りが良い」


「う、わ、われのほうが、ご、ごしゅじんさま、こっちを、みて」


「―――――――――――――」


見ない、そうやってそこで泣いてろ、獣であるなら鳴け、神であるコイツが人間の死体に負けている、その事実がコイツを苦しめて見た目と同じ幼子の精神に変貌させている、そんな事に俺は全く興味が無く、そんな事に俺は構っていられない。


ひっくひっく、くしゃくしゃにした顔を手で擦っているのだろう、僅かにゴシゴシと粗雑に自分を扱う音がする、獣め、可愛い獣、脳味噌を俺に支配されて俺の下僕に成り下がった誇り高き神、しかしソレだけだ、ソレだけの存在なんだ。


自分を見られる喜びを知った幼い神は初めての我儘を俺に強請る、だけど状況が状況だ、アアアアア、あああああああああああああああああああ、死んでいる事を、死んでいる事を実感する、もうこいつは笑わないし泣きもしない。


だけど笑わせる方法もある、泣かせる方法もある。


「――――――――――結局、同じか、お前は本当にアクに似ている」


このまま死んだ方が幸せなのかどうなのか、何度も自分の中で考える、だけど結局は自分の我儘が勝ってしまう、まだ魂は残っている、だったらやるしか無い、何時もの様に食欲に任せてこいつを食べてしまえば良い、鮮度は抜群だ、先程死んだのだから。


『………ぼ、ボクは一部になりません』


『………アクって人じゃなくて、ボクを見て下さい……ボクの女神』


ドクンっっ、心臓が脈打つ、小さな頭部へ透明の触手を伸ばして同一化を加速させる、何も知らないこいつの死肉を俺の生きた肉と融合させて混沌を生み出す、一つだけ、一つだけわかった事がある、それだけが真実で一部にするとかしないとか本当はどうでも良いのだ。


本当はどうでも良い、そうなんだ、お前が一部だろうがそうじゃ無くてもさ、お前がアクに似ていようが似ていまいが、俺はお前を見ていたいんだよ、生きたお前をな、体が修復されてゆく、麒麟の泣き声は幼子のソレでとても元気だ、ふふ、生誕を祝ってくれ。


「ぁ」


「よぉ」


「………そうですか、そう…………シスター・キョウ、だから、泣かないで、ね」


「………うん、うん」


「………これで、ずっと一緒です、ずっと」


「俺をずっと見ていてくれ、俺の女神」


「――――――――はい」


とてもとても悲しくて、とてもとても嬉しくて。


俺はとても醜くて。

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