閑話129・『ママに見付かると色々やばい』

このお方にお仕えして既に何千年の時が経過しただろうか?自然発生した神はこの星の代弁者、全てを司る力を持ち進化の流れを見詰めながら微調整を繰り返す、失敗したのであればまたやり直しだ。


リセットボタンは常に彼女達の手元にある、自分の主人はその中でも特別に気難しく癇癪持ちで気に食わぬ事があれば実力でねじ伏せる、瘴気と悪意に満ち満ちた波動は下位の神を狂わせ堕天させる。


火除け地として周囲に建物は無く無限に広がる草原の草花が気紛れに風に揺れている、瘴気が肥大化しているが周囲の生物に影響は無い、主の管理する大陸の天上に構築されたこの空間は地上の常識が通用しない。


この大陸に閉じ籠ってどれだけの時間が経過したのだろうか?先程から時間の流れだけを疑問に感じているがそれもそうだ、自分は元々は他の神にお仕えしていたはずなのにあのお方の力に支配され屈服した、裏切り者なのだ。


「お嬢様」


「―――――――――――遅い」


宮殿は木造で出来ている、外観は和風建築だが中身は和風の格天井からシャンデリアを下げるなどして和洋折衷としている、濃い緑色の布の縁取りをした御簾(みす)が主の影絵だけを映し出している、暇そうに欠伸をしている。


着物が擦れる音がする、何て事の無い動作、しかし影絵でありながら儚さと怪しい色気に満ちている、ごくり、同性でありながら喉が鳴る、幼い彼女は飽きやすく怠惰で気紛れで他人を信用していない、しかしだからこそ仕える価値がある。


「ほ・う・こ・く」


「はっ………他の八輝翼の方々は静観しているようです、何でもこの星の外にある場所に別天地を開発するとやらで」


「………姉上達は本当に仕方の無い人達だな」


「私が口出し出来る事ではありません」


「………星を捨ててどうする、それとも俺が怖いか」


「………貴方様は恐ろしい、眷属を奪われる他の八輝翼のお気持ちも少しはお考えになって下さい」


「お前を姉上から奪った時のようにか、ふふ」


「………」


「睨むな、俺はお前が好きだよ、仕えてくれて嬉しい」


「そ、そうですか……それはようございましたね」


「ああ、俺の長い生でも数少ない嬉しい事だ」


少女の声は楽しそうで悲しそうで矛盾に満ちている、多くの眷属を抱える彼女だが自ら生み出した眷属は少ない、それよりも他の神々の眷属を奪って支配する事がお好きなようだ、しかしこの大陸に引き籠ってからはその遊びも出来ないようだ。


全ての神々の干渉を遮断する結界を維持する為にこの地を離れる事は無い、伴侶すら追い出して彼女は何をするつもりだろうか?影絵が怠そうに胸元を掻く、所作は上品なのに行動は野蛮だ、ついつい目を背けてしまう、情事を見たわけでもあるまいし。


「姉上が地脈を通じて送って来たアレはどうした?天使化した新種と封印したと言ってたろ」


「麒麟ですか?アレはまだ幼いですが義理堅い、職務を全うしてくれているでしょう」


「姉上はまだ俺に固執するのか、最初に出会った頃の何事にも縛られていない姉上は好きだったな」


「そう、ですか」


「今は駄目だ、俺に固執する姉上なんて俺の姉上じゃない」


「は、い」


「お前は俺の一部だ、姉上とは違う」


支離滅裂だ、既に狂われてしまっている、地上に発生した神は天上に発生した神とはまったく違う、その力の根源は悪意であり瘴気であり属性は支配だ、その孤独が彼女を狂わせてしまった、最初から狂っていた?わからない。


しかしこのお方は夜に一人で泣かれる、産まれたての子供よりも無垢な泣き声、無理矢理奪われて無理矢理眷属にされて忠誠を誓わされた、しかしこのお方の傍にいて無理難題を言われると胸がときめくのだ、既に同族も何柱屠ったか。


細く長く削った竹を赤糸で編み込んで縁を四方と内に縦に三筋附けた丁寧な仕事がわかる御簾の内側で伸びをしているのがわかる、猫のように気紛れなお方だからまた何か突発的に無茶苦茶な命令を口にされるかもしれない、緊張する。


瞬間、神の断末魔が天上に木霊する、助けを求める声だがもう既に手遅れだとわかるソレ、何処の神だ?緊張が走る、神を殺せるのは神しかいない、だとすれば結界が破られて他の八輝翼が侵入したか?血が滾り好戦的な自分が顔を出す。


「――――――待て、これは麒麟だ、俺の眷属では無い」


「麒麟が?しかしコレは」


「え」


戸惑いの声、全てを支配するこのお方には似つかわしく無い声、まさか動揺しているのか?その声にこちらまで動揺してしまう、麒麟は幼くも気位が高く忠誠心も厚い、よっぽど大事に育てられて来たのだろう、そんな彼女が助けを求めている。


封印された場所からそこまで離れていない、つまり結界の近くでは無い、なのにどうして死に掛けている?


「みつけた」


「え」


「見つけた、やっと、やっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっと」


癇癪では無い、そして瘴気が失せてゆき場の空気が浄化される、このような事は初めてで戸惑ってしまう、狼狽えてしまう、主の声は何処までも歓喜に満ちていて年相応の少女のようだ。


「俺の、俺のォ、キョウ、あは、あはははははは、逞しく育ってるじゃ無いか、麒麟を、ふふ、食べるまで大きくなったんだ、お母さん嬉しいよ」


「き、ょう?」


「あはははははははははははははは、姉上の贈り物も役に立つじゃないかっっ!貴方の伴侶と貴方の子供の役になっっ!ふふ、はは、レイめ、もう隠しきれないぞ」


「あ、あるじ」


「キョウを見付けたァ」


悍ましい程の執着心を潜ませた声はソレでも確かに愛情に満ちていた。


人の身では受け入れない程の愛情に。

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