閑話127・『お母様』
「麒麟を取り込んだぜ」
「ぁぁああぁあああ」
「わはは、喜べ」
「おバカっっあああああああああああああああああああああああああ」
湖畔の街の雲行きは怪しい、キョウと屋内に避難しつつ素直に告白すると甲高い絶叫で耳がキーンとなった、全て映像で知っているはずなのにここまで怒られるとは思わなかった、小雨が降り注いでいたのでやや寒い、暖炉の用意をする。
そんな俺を無言で睨むキョウ、ゴゴゴゴゴゴ、背中には擬音が見える、エルフの使徒を取り込んだ事でかなり安定しているはずだ、なのにここまで叱るだなんてどうしたんだ?そもそもグロリアにばれない様に強力な一部を増やそうと提案したのはこいつだ。
俺はちゃんと言われた通りにしているぜ?服を脱ぎ捨ててベッドの上に座る、シーツの冷たさがお尻に伝わって一瞬『きゃっ』と声を漏らしてしまう、そのまま赤面しつつベッドに寝転んで毛布の中に隠れる、キョウは何も言わない、無言の圧力、こ、怖い。
「ちゃんと顔を出しなさい」
「………やだっ!怒られるのわかるもん」
素直に告白するとまた無言、俺はキョウに言われた通りに良い子にしてるのに怒ってるなんてっ!ぷくーと頬を膨らませて苛立ちを必死で隠す、キョウに叱られる事は少ない、だから叱られるとショックで天邪鬼になってしまう。
ギシッ、自分では無い重みがベッドに伝わる、少しだけ甘い匂い、もそもそ、毛布から顔を出すとキョウが足を組んで座っている、中々に絵になるじゃないか………ぽけーっと呆けたようにそれを見詰める、すると急に手が伸びて来て乱暴に頭を撫でる。
わしわしわし、もうアレだ、犬にするような感じっ、俺は犬じゃないもんっ!
「イテェっ!?キョウのアホ―っっ」
「ったく、それはこっちの台詞だよォ、神の軍勢に手を出してどうするつもり?キョウ、私怒ってるからねェ」
「お、怒ってる?キョウが俺に?」
「そぉだよ」
「う、嘘だぁ、キョウが俺を嫌いになるわけ無いもん」
「どーだろうねェ」
びくっ、体が大きく震える、ソレが何を意味するのかわからないしどうしてキョウがここまで怒っているのかわからない、自分自身であるキョウに拒絶される事は暗闇の世界を意味する、沢山大切な人を失った、でもこいつだけは俺だからいなくなるわけが無い。
そのはずなのにどうして?恐る恐るキョウを見上げる、何時もの何処か人を小馬鹿にしたような顔では無く無表情、整い過ぎた造形から感情が無くなればソレは人形だ、世界で一番美しい人形が俺を見下ろしている、キョウが俺をこんな目で見る何てっっ。
「本当に危ない事をしたんだよ?それは自覚出来てるかな?」
「だ、だって、お、おれ、いわれたとおりにしたもん」
「自覚出来ているのか聞いているんだけど」
「おれ、キョウみたいに昔の記憶無いもんっ、キョウみたいに頭も良く無いしっ」
「自覚出来ているのか聞いているんだよ?」
「わ、わかんない……麒麟美味しかった、凄く馴染んだ、凄く凄く幸せだった」
「そりゃ、私達の親の眷属だからねェ、子供である私たちには馴染み過ぎるくらいに馴染むよ?」
声が冷たい、何処までも鋭利で何処までも冷ややかだ、何時もの蕩けるような声では無く他者を拒絶する声、それも自分自身をっ、もう頭は撫でてくれない、飽きたとでも言わんばかりの態度。
体の芯が冷えてゆくような感覚、涙腺がゆるむ、ひっくひっく、喉が鳴る、無性に悲しくなる、そもそも俺はキョウに言われた通りに良い子にしていたっ、ちゃんとご飯も食べたっ、好き嫌いしなかった。
――――――なのに。
「う」
「?」
「うぁあああああああああああああああああああああああああああん、アホーー、アホーーー」
「え、ちょ、キョウ?!」
「アホーーーーー、アホーーーーー、アホーーーーーーーーーーーー」
「あぁああああああ、ご、ごめん、キョウ、怒ってないよォ、す、少し厳しくし過ぎたかな?な、泣き止んで、泣き止んで私の可愛いキョウ」
「うぁああああああああああああ、嫌いになるって言ったぁあ」
「い、言って無いよぉ、ごめん、良い子良い子してあげるからぁ」
頭を撫でられる、感情が昂って支離滅裂だがキョウもキョウで無いてしまっている、お、おれ、わるくないし。
鼻水と涙でぐちゃぐちゃな俺を抱き締めながら撫でるキョウ、じゅるるる、鼻水がキョウの胸の上に広がるが気にしない、口汚い言葉でキョウを罵るが全て受け入れて俺を優しく介抱してくれる。
「あほんだら、あほんだら、おれわるくないし、じゅび」
「そ、そぉだねぇ、悪いのは私だね、キョウ………心配してるんだよ、お母様達に私達の居場所がバレるのが」
「おかあさま」
「そぉ、キョウはまだ理解出来無いかもだけど、特にルークルット………キョウお母様は―――」
「キョウお母様、俺の母親っ!えへへ、キョウ、キョウお母様」
「っ、やっぱり、惹かれてしまうから、だからっ、今は……今は私の言う事を聞いて」
「キョウお母様っ!」
どうしてだろう、無性に嬉しくなる俺を抱き締めるキョウの体が小刻みに震えていた。
まるで恐ろしい事が起こる前兆のような。
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