第162話・『お母さんに愛されているけどお母さんはかなり悪者』

さて、微睡壬と墓の氷のいる場所に戻るか、屈服させた麒麟は荒い息を吐き出しながら熱心に俺を見詰めている、まるで目を逸らせば俺が消えて無くなるようなそんな必死な目だ。


恋慕を得た神はどう変わるのかな?こいつを完全に支配したら俺の二人の母の事もわかるのだろうか?何処にいる、神は何処にいる、その片方をグロリアは俺を育てる事でこの世界から追放しようとしている。


見知らぬ母よりも望んだ愛する人だ、しかしこいつを取り込むだけでもかなり苦労した、ぶっちゃけこいつが二体いたら負けていたな、んー、こいつは神の中でも下位の方らしい、人間の世界に基本的に干渉する事は少ないので出会う事が稀だ。


「ご主人様っっ」


「うお」


咄嗟に抱き付いて来た麒麟を受け止める、こいつが裏切る事は無い、同時に寒気が走る、グロリアと対峙した時のような感覚、どうしてここに来てグロリアを思い浮かべるのかわからない……俺の背後にあった岩肌に薄い線が走ってやがて切断面に沿って崩れ落ちる。


瞬きする、頬に流れる血は赤い、手でそれを拭いながら思った以上の傷の深さに驚く、麒麟がいなかったら首が飛んでいたかもな、そこからでも修復は可能だが無防備になる、新しく取り込んだばかりの一部に助けられるだなんてどうしようも無い主だな、ホントに。


「久しぶりだなエルフライダー、いけない存在を一部にしたな」


「ハァハァ、美少女の頬を傷付けるなんて酷いぜ、よって殺す」


「ご主人様、我の後ろに――――頼みます、今の貴方様では」


「麒麟?……わかった」


そいつは俺やグロリアと同じシスターの姿をしていた、しかし修道服では無く東の方で着られている東方服だ、一瞬だけ脳裏に灰色狐の姿が過ぎる、こいつは炎水を殺した異国のシスター?どうしてこんな場所に?岩陰から現れたそいつはあまりに無造作に近付いて来る。


青黒色をした特殊な東方服、確か神に仕える僧侶が纏う特別なモノだ、枯れた草木や金属の錆を使用して染め直された端布を縫い合わせた袈裟(けさ)と呼ばれる衣装、法衣(ほうえ)とも呼ばれている。


「エルフライダー、ソレはまだ早い、いや、そろそろ食わせても良かったが天使化したアレに遭遇したのはまずかった、アレは貴方を覚えてしまった」


全身を覆うような形では無く右肩を外に出すような形で着込む、偏袒右肩(へんだんうけん)と呼ばれる特殊な着込み方でこの大陸ではあまり馴染みが無い、大陸外の神が両肩を覆うように着用している袈裟である通肩(つうけん)に反する形。


神への敬意と崇拝を表していると言われている、細かい布を結び合わせた物を条と呼ぶ、これを何枚も根気良く結び合わせて作られる、条の数は大体決まっていて五条、七条、九条の三種類に大別される、目の前のこいつのは恐らく九条だろう。


「何を言ってやがる、麒麟はもう俺だ、俺の愛する一部だ、勝手に他人が食うか食わないか決めてるんじゃねぇ!あ、あれ、麒麟は最初から」


「ご主人様、我のせいで―――どちらの仕込みだ、我の元主か、妹君が……」


「麒麟、久しいな、私はエルフライダーの弟の命令でここに来ている、しかし天使化したアレと遭遇したようだし貴様は取り込まれたし事態は最悪で最高だ」


「―――誰だ、貴様、我はお前など知らぬ」


「ふふ、本来仕えるべき主の御子息に仕えているのはお前だけでは無いって事だ、わからないか、この入れ物では」


「………ご主人様、この者、神の一柱の可能性があります、コレを取り込めばかなり情報が得られるかと、我の記憶を開示しなくとも」


「へえ」



シスターモドキの年齢は俺やグロリアと変わらない、17歳程度に思える、袈裟を着込んでいるのが印象的、シスターにしては珍しく黒目で黒髪、濃い色合いでは無く褪せたような黒色、昔見た死んだ鴉を思わせる髪の色だ。


髪の長さは地面にギリギリ届かない程度、奇妙な女だ、こいつもシスターなんだよな?異国のシスター、しかしこいつの話を聞いていると余計に混乱する、こいつが神様ってか?シスターにしか見えないぜ、それも変わり者のな。


「エルフライダー、今日はここまでだ、首を刎ねて少し調整しようと思ったが失敗に終わった、麒麟と今のエルフライダーが相手となると時間が掛かり過ぎる、するとアレだ、あの化け物が来るだろ?」


「グロリアか?」


「かもしれんし、もし殺しでもしたらキクタが目覚めるかもな、そうすれば流石に恐ろしい、勇者と魔王は神々全ての魂の欠片を生成したモノ、そしてキクタはさらにソレに含まれなかった神である存在の子供が改造したモノ、より戦闘に特化させてな」


「何を、何を言ってる、お前は何だ?」


「私は味方だよ、そしてエルフライダーの弟もみんなみんな味方さ、キクタは新たな神として既に覚醒しつつあるし、勇魔はソレに対抗する為に使徒を増やしているのだ」


「違う、そんな事が聞きたいんじゃ無い、お前は誰だ?さっきからお前の言葉が一つも無い、他人がどうとか、どうでも良いぜ」


「ふふ、エルフライダー、忘れるな…………神々は、いや、お前の母はお前とまったく同じだ、他人を汚染して狂わせて一部にする」


「母親?そいつはどっちの」


「狂神、今日、キョウ、どれでも良いさ、そんな存在に望まれている幸福と不幸を知りなさい」


こいつは一体何を言っている?しかし不安は大きくなるばかりだ、俺の母親である神が俺と同じ能力を持っている?そして俺を望んでいる?


何故だ、どうして、少しだけ、うれしい。


『キョウ』


母に望まれている?

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