第158話・『狂神の子、キョウ』

末っ子だったが故に姉達からは甘やかされた、溺愛されてると言っても良い、早くに東の大陸の管理を任されたし様々な術を教わった、この世界は広くて複雑で神であっても管理するのは一筋縄では行かない。


生物の多様性、様々な土地、変化の激しい気候、この星は生命に満ち溢れている、それらを管理しながら思うのは神の発生理由だ、それは星に望まれる事で具現化する、つまりこの星の直系である存在、それが神だ。


上の六柱の姉達はこの星に対して忠実であり異常な程に献身的に尽くす姿は言い方は悪いが下僕と言っても良い、しかし自分はそこまでこの星や世界に愛情を注ぐつもりは無い、それよりも人間の姿をして地上で遊ぶ方が楽しい。


気紛れで皮肉屋で能天気、しかしそこは見事なもので神としての機能は完璧だ、星はこんな自分にも偉大な力を与えてくれた、しかしこの力が偉大だと自覚しているのは自分だけだ、姉達は神の力に疑問を持つ事は無い、そうプログラムされているのだ。


姉達に叱られながらも末っ子故にそこまで厳しく怒られる事も無い、のらりくらりと日々を過ごしていたある日、それは起こった、何と新しい妹が地上で見つかったらしい!本来なら天上で発生するはずの神がどうして地上で?しかしその力や在り方は紛れも無く神。


下位の神は七柱の神が生み出した自らの模造品に過ぎない、しかし世界の力が収束されて誕生する存在は紛れも無く自分達の妹だ、ソレは厳重な封印をされて地上からこの地に連れて来られた、真っ黒い瘴気の塊、下位の神は見ただけで発狂して見た事の無い変化をした。


澱んだ靄が常に漂っている、紫色の電光が周囲を焼き尽くす草花は恐ろしい勢いで枯れてゆく、出会いはあまりに強烈で悪意と悪臭に塗れていた、神にもそれぞれ個性はあるし得意な事柄も違う、しかしこの子はあまりに自分達と違い過ぎる、姉達は何かの間違いだと嘲笑してこの子を封印した。


名無しの神、今日連れて来られたばかりのその子が地上を見詰める様があまりに不憫で今日からそのまま名を頂いて『キョウ』と名付けた、その子に目はあるのかと問われたら少し困るが点滅する金色のソレが雲に空いた穴から地上を見詰めているのがわかる。


キョウは万能では無く神としては不完全だったが代わりに自分たちには無い機能があった、周囲にある命あるものを支配して変質させる特殊な能力、封印場所である桃園は酷く変わってしまった、多種多様な生物が蠢き下位の神が発狂して地上に舞い降りて人々を蹂躙する。


姉達は最初に見た下位の神の変化だけしか知らない、しかしそれは精神だけでは無く神の肉体にまで作用する、伝えようと思ったがそれをすればこの子はどうなるんだろうと不安になった、何度もこの地に通う事で確かな愛情を持ってしまった、この子は地上から無理矢理この地に連れて来られたのだ。


まずは意思疎通を可能にしなくては……文字や言葉を教えるのだが生理的な反応が返ってくるだけだ、根気良く何度も何度も繰り返す、どうやら学習能力が低いのでは無く自我が薄いのだ、自我が薄いって事は他者を認識する能力に欠けている、故に自我をより芽生えさせる事が重要となった。


『あね、うえ』


初めての言葉は年老いた老婆のようだった、しかし歓喜に打ち震えた、末っ子であったが故に何処かで妹を欲していた、姉達は自分がどれだけ地上の管理を疎かにしようが遊び回ろうが優しく受け止めてくれる、だけど本当はソレを誰かにしてあげたかった。


黒い靄を器用に操ってお手玉も出来るようになった、キョウは少しずつ自我を芽生えさせている、しかしどれだけの月日が経過しようと地上を見詰める事だけは止めなかった、キョウは地上に戻りたいのだ、そしてさらにそこから長い長い時間が流れた。


キョウは美しい少女の姿になった、人間で言うならば十歳ぐらいのソレは他者を惑わし精神を狂わせて全てをかどわかす、傾国の幼神、下位の神々はその姿と自分達を変質させる恐ろしい力を見て狂神だとキョウを恐れた、姉達は狂った神だとさらに嘲笑した。


狂神キョウ、だけどたった一人の妹である事に変わりは無かった、自分が慈しんで愛してやらないとこの子は一人ぼっちになってしまう、キョウは少しずつ少しずつ成長した、一番驚いたのは神としての力だ、黒く澱んで悪意に汚染されてはいるがその力の巨大さは凄まじい。


あらゆる書物を読み漁り万能たる自分達に確実に近付いている、下位の神々の事など構う事では無いが問い掛けてみる、神を狂わせて変化させるのを止めて欲しい、地上に舞い降りれば被害もバカにならない、キョウはこくりと頷いてそのような手癖を一切止めた。


『姉上はどうなさいますか?』


まるで貴方も狂っていますと告げられたようだ、妹の力に汚染されているわけが無い、自然発生した神は全て同格であり力によって干渉する事は出来ない、生意気だと頭を小突いてやる、キョウは涙目になりながら自分の発言の何が駄目だったのか何度も問い掛けた、可愛い妹だと素直に思った。


姉達はキョウを見下してはいたが自分の献身的な態度を見て少しだけ接し方を変えた、何よりその特異な力と恐ろしいまでの学習能力の高さに興味を持ったのだ、他の姉達からも教えを受けキョウは何時の間にか立派な神へと成長した、しかし一つだけ問題があった、それは自分自身にだ。


姉達にキョウを奪われるのでは無いか??そんな不安が強迫観念のように広がり彼女のいる場所へ通う事がさらに多くなり自らが管理する土地にすら興味を抱けなくなっていた、人間を見守る事よりもたった一人だけの妹の方が大切だった、だからここで一大決心をした。


告白、婚姻、まるで夢のような時間だった、キョウは黙ってそれを受け入れてくれた、この頃には桃園を出る事も許されて新たな名を授かった、ルークレット、しかしキョウの力はあまりに異質であり歪んでいる、その血を残す事は禁じられた、七柱の純度を保つ為だと言われたが姉の言葉に素直に従う自分では無い。


やがてキョウは子を孕んだ、姉達には知らせていない、特殊な方法で秘匿している、自分とキョウの子供はどのような神として誕生するのだろうか?膨らんだ腹の中で二つの気配を感じる、しかしその一つがあまりに異質だった、初めてキョウと出会った時以上の瘴気。


言えなかった、言わなかった、もしかしてこの子は神として――――――キョウはその子にキョウと名付けた。

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