第157話・『狂神キョウ』

七柱の神が誕生して世界のルールも決まった頃にソレは誕生した、本来なら天上に発生するはずの神が地下世界に溜まった黒い澱みの中から発生した。


名を授ける事で世界に固定化される事を危惧した六柱はそれを封印した、ただ一人、七女である肝無巽光(かんむそうこう)だけはソレを姉妹として認めた。


彼女もまた他の姉妹よりも世界に発生するまで時間が掛かった、故にソレが疎まれて差別される事に抵抗があったのだ、ソレは名も与えられず天上のさらに上の空間に封印された。


神はこの世界が無造作に発生させる高次元生命体だ、発生した時から万能でありこの世界を護る為に自立して行動する、だからソレが発生した事にも必ず理由があるはずだ、肝無巽光は気まぐれだが柔軟な思考を持っていた。


東の大陸の管理を与えながらも何度もソレと謁見した、ソレは黒い澱みであり地下の瘴気であり世界の歪みそのものだった、人型にもなれずに雷光を放ちながら周囲を汚染する、力こそは神だがその姿は邪悪そのものであった。


七柱の神の下には天使や聖獣のような神も存在する、それらもソレを見てアレは神では無いと断言した、内包した力こそ七柱に迫るモノがあるがその邪悪さは認める事が出来ない、ソレは名も与えられず故郷の地上にも戻れない存在に成り果てた。


他者から疎まれ憎まれ監視されどれだけの月日が経過しただろうか、六柱の姉はそれぞれの大陸を管理して発展させる事に夢中でソレの存在など忘れてしまった、しかし肝無巽光だけは違った、自分達とは発生理由が違うであろうソレに魅入られていた。


ソレは天上の桃園に封印されていたがその悍ましい力で草花は枯れ下位の神は発狂して化け物に成り果てている、それが地上の世界に降り立って暴れ回ると人はソレを鬼や悪魔と呼んだ、ソレに汚染された神は誰もが黒く鈍い色を放ちながら世界を蹂躙した。


六柱はソレを退治する事はあったがソレの原因が自分達の妹だとは思わなかった、万能である神すらもソレを忘れる事に抵抗は無かった、ソレは他の七柱に比べて万能では無く動きは遅く言語も理解出来ない存在だった、監禁された事で獣性だけが肥大化した。


肝無巽光は姉たちの目を盗んで彼女に言葉とお遊戯を教えた、最初は反応すらしなかったソレは少しずつ会話を理解して楽しむようになった、喋る事は出来ない、しかし反応はする、肝無巽光の願いを素直に聞き入れて下位の神を狂わせるのを止めた。


『――――――――――――』


やがてそれが人型になる事を覚えた、それはそれは美しくも悍ましい存在で七柱が美しさで人間を失明させるのだとしたら美しさで精神を発狂させるような異様な美しさに溢れていた、命あるモノを惑わす為に生まれたようなソレはやがて称号を与えられた。


神は他の神から名を与えられる事で世界に完全に固定化される、与えられた名は狂神(きょうしん)であった、そこに秘められた意味は二つあった、下位の神を変化させて狂わせる様を六柱は狂わせる神と嘲笑した、肝無巽光だけは自分をこんなにも夢中にさせて狂わせる妹と溺愛した。


しかし監禁が解かれる事は無い、封印が破られる事は無い、狂神はじっと時が過ぎるのを待った、そこで一つだけわかった事がある、それは自分はこの七柱と同じように神として発生したは良いが力の属性が違う、彼等は世界が自分を護る為に誕生させた意思の集合体だ。


だが狂神と呼ばれる自分は確かに世界の力で誕生したが癌細胞のように望まれていないモノだ、勝手に発生して勝手に成長した………つまり自分はこの世界で孤独なのだ、その証拠に自分はこの世界に干渉する事も出来ずにずっと狭い牢獄に封印されている、地上は良かった。


そこで狂神は自分に甘い肝無巽光をより自分に夢中にさせる事に苦心した、神は同性愛も近親による交配も認めている、下位の神からしたら穢れに見えるようだがそんなものは関係無い、コレの妻になる事で一定の資格が得られる、そうすれば故郷に返り咲く事も夢では無い。


神を惑わせる才が狂神にはあったのかソレが能力の一つなのかはわからない、やがて二人は夫婦になり封印は解かれる事となった、六柱の姉は肝無巽光を溺愛していたしその頃には狂神も猫を被って他者を欺く事を覚えていた、それはそれは見事な演技力で万能の姉達もすっかり騙されてしまった。


狂神が七柱の神を見下していた、それは何故かというとその七柱に反発する形で誕生した狂神には七柱分の能力が備わっていた、故に己より下位の神として見下していた、しかし何処かで羨ましがってもいた、彼女達は真の姉妹であり心が通っている、一緒にこの世界を盛り上げている。


自分にもソレが欲しかった、自分にも家族は欲しかった、だから肝無巽光と子供を作る事に抵抗は無かった、しかしどれだけ認められようと自分は穢れた神、他の六柱に知られるわけにはいかない、自分の美貌にすっかり狂ってしまった肝無巽光はそれこそ猿のように励んだ。


その頃はすっかり魅入られたようで自らの管理する大陸を何千年も放置して滅ぼし掛けた、それを横目に狂神は姉達の手伝いに励んだ、最初は疑っていたようだが自分の言葉に従う有能な妹をすっかり信用するようになっていた、大陸の管理システムをここで学んだ。


やがて名も変わった、ルークレット、それが新しい名前だった、ルークレットは自らが失った『狂神』の名を悪く思っていなかった、何故なら他の神を惑わし裏で支配する自分はまさに狂った神だと自覚していたからだ、そうだ、産まれて来る二人の子のどちらかにこの名を上げよう。


二人とも愛しい子であるが片方の子はどうもおかしい、腹の中でまったく動かずにいる、狂神を縮めてキョウの名を授けよう、二人だけが自分の家族だ、自分が欲した真の家族、ルークレットは他の神にその事実がバレる事が無いように様々な形で世界に干渉する事にした。


キョウはルークレットの中でじっと黙っている、自分にそっくりだと思った、地下の穢れの中でじっと待っていた自分にそっくりだ、この子達が他の神に見つかれば監禁され封印される、いや、二つの相反する神の力を有しているのだ、下手をすれば消される。


なので人間として世界に発生させよう、だが自分と再会するその日まで滅ぶ事は許されない、永遠の輪廻を二人に組み込んだ、この子たちの正体がバレた時の為に偽装として自らの力だけで影武者を生み出すとしよう、だがまだ出産には早い、幼い神の子宮は子を孕む事に慣れていない。


二人の子供、仲良く、仲良く、そして何時かお母さんに会いに来て、ここで待っている、ずっと待っている、七柱を出し抜く時を待ちながら、新しい大陸の管理も認められた、あともう少し、あともう少しで自分の望む世界が誕生する。


レイは心配いらない、だけどキョウ、貴方は――――――きっと多くの存在を狂わせる、だって狂神の名を授けたのだから。

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