第153話・『ボクを幸せにしてくれる人、初恋』
広大な空間の中に神殿がある、足を踏み入れた瞬間に感じる違和感、クロリアと炎水の細胞が共鳴するかのように疼く、つまりはシスターである俺に何かしらの信号を発している。
微睡壬は何も感じないのか俺の反応を見て首を傾げている、先程まで足蹴にしていたのに何とも思っていないのか?火照った頬がソレが恋慕なのだと告げている、自分で言うのもアレだが見た目は女だぜ?
同性愛は非効率的だぜ、しかしこいつの境遇を思えばソレを否定する気にはなれない、一目で強固である事がわかる石灰岩の基礎が敷き並べられている、踵でソレを叩きながら問い掛ける、この遺跡は何だ?
「かつてはルークレット教の神殿だったと聞いていますっっ!シスター・キョウ!」
「へえ、名前を叫ぶ意味は無いよな」
「ボクが幸せになるだけですっ!」
「あっ、そ、そう」
「えへへ」
ドーリア式で構成された神殿は古風ながら中々に迫力のある景観をしている、古代の様式で言えばイオニア式やコリント式と合わせて主要なモノとして認識されている、柱を手で叩く、やや罅割れているが耐久性はまだ大丈夫そうだな。
柱頭に鉢形装飾や柱基が無いのは特徴的だ、屋根は巨大な大理石の平瓦と丸瓦で構成されているようだ、グロリアだったらすぐに売る算段をしそうだな、苦笑しながら足を進める、やや涼しいくらいの気温、何かしらの魔法が働いているのか?
調整用のモルタルを使わずに面接合の密着精度を高めている、計算し尽くされたソレに感動しながら首を傾げる、この遺跡や神殿がルークレット教のモノだとしたらこの高い技術は何処から伝わったのだろうか?毎度の事ながら疑問しか浮かばないぜ。
この精度を実現する為に思い付くのは検査する為の塗料を円盤のようなモノに塗って接合面と円盤を何度も擦り合わせて表面の突起物を無くす事だ、それを何度も繰り返して精度を上げて密着面に一切の隙間も無くす、しかしそれにはどれだけの時間がいる?
高い位置にある石材には奇妙な溝や突起物がある、遺跡の中にある建物なので雨風に対する防御策では無い、高い場所に吊り上げる時に綱を引っ掛ける為の突起物や溝なのかな、だとしたら石材を吊り上げる際には滑車や巻き上げ装置のようなものがあった?
「な、何だろう、ルークレット教って相変わらず技術の出所が不明だぜ」
「シスター・キョウ、瞳がキラキラしていて素敵です、建築にご興味があるのですかっ?!」
「物作りは嫌いじゃないぜ、知恵を絞って何かを生み出すのはとても素敵な事だぜ」
「す、すてき、シスター・キョウ素敵ですっっ」
「…………お前な、そのハートマーク飛び散らすの止めろ」
「は、はーとまーく?……………や、止めます、わからないけど止めますから、き、嫌いにならないで下さい」
「いい加減な事を言うな」
金春色(こんぱるいろ)の瞳は何処までも済んでいて邪気が一つも無い、そして知性もあまり無いように思える、涙目になったソレを見詰めながら溜息を吐き出す、髪の色も同じ色彩をしており全てが鮮やかな青色で構成された特殊な美しさ、顔の造りは柔らかで嫌味の無いそいつは明らかに動揺している。
少しトロンとした瞳が何故か欠伸を促す、こいつを見ていると何だか眠くなるし安らぐ、あたふたと慌てる様は俺に嫌われたく無いって純粋な想いを感じる、艶のあるサラサラとした髪は肩より少しだけ長く伸ばしている、前髪を眉の上できっちりと切り揃えているし両側の髪も同様だ、清潔感があって清廉で純粋だ。
手招きするとトテトテと寄って来る、子犬か、嫌いになら無いでと何度も連呼する様が少し見苦しい、はは、そんなに嫌われたく無いのかよ?カッパクラウサと呼ばれる丈が異様に長く黒いマントに似ている衣服は学者や学生が好んで着用するモノだ、頭には同じ色の正方形の角帽。
板の中央上部にの部位から吊るされた房を垂らした平面の正方形帽子は頭を撫でるのに邪魔だ、取り払って乱暴に頭を撫でる、サラサラしていて手触りは最高だな、ふふん、俺に撫でて貰える存在は稀なんだぜ、しかし俺の腰ぐらいしか背丈が無いな、このロリめっ。
「あぶぶぶぶ」
「そ、それ撫でられる奴の声か?俺の一部達はもっと可愛く鳴くぜ」
「あぶぶうぶぶぶぶぶぶぶ」
「……いや、可愛く無いわけでは無いか」
赤面させて両手を頬に付けて何とも幸せそうな表情だ、ふん、仕方無く手を繋いで歩き出す、動揺して口をパクパクさせている微睡壬の足元はおぼつかない、まったく、お前が手を繋ぎたいって言ったんだよな?だったらちゃんとしろよ。
修繕された部分が幾つかあるがルークレット教の仕事では無いな、恐らく腐食を防ぐ為だろうが一部の壁に鉛の塗装がされた鉄製の金具を使っている、しかしそれはまだマシな方だ、中には鉛の塗装をせずに鉄製の金具で無理矢理修繕している箇所がある。
それによって罅割れたり錆が発生している、酷いものは腐食によって金具が膨張してしまって大理石を砕いてしまっている、錬金術の力で無意識にソレを取り払って修繕してやる、どうしてだろうか?いい加減な仕事を許せない?うーん、わからんな、でも人殺しに力を使うよりは価値がある。
仕方が無いので妖精の力で知覚範囲を広げて金属製器具を全て認識する、えっと、鉛が塗装されていないのはコレだけかぁ、丈夫さと軽さを兼ね備えた素材をササ達インテリ組の記憶から読み取る、腐食に強いチタンが一番かな?よぉし、変化ー、変われ―。
「し、シスター・キョウの一部に負けません、ぼ、ボクの方が可愛く鳴けますっ」
「俺の一部には子狐がいてくーんくーんって鳴くぞ」
「か、可愛く無いですよ、そんなの全然、か、かわいく」
「お腹を出してくーんくーんって鳴くぞ」
「か、かわわ」
「そして腹を踏むと苦悶する」
「あわわわわわわ」
「大丈夫、母親だから」
「大丈夫な要素が無いですっっっ、し、シスター・キョウはやっぱり凄いです!」
さて、この扉の向こうに眠り姫がいるのか、お腹が空いたし食わせてくれよ?
鳥ニンゲンよぉ。
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