第148話・『キョウはアクを愛している、もういないのに』

子犬のように纏わり付いてくる少女に少しだけ呆れてしまう、どれだけシスター好きなんだッ!俺だからまだ良いけどグロリアにそんな風に纏わり付こうものなら冷笑されるぜ?


微睡壬(まどろみ)はお喋りが苦手な癖に頑張って良く喋る、シスターである俺に飽きられないように必死だ、その仕草がややウザいのだがそれを上回る形で保護欲を刺激する、自分にこんな感情があった事に驚きだ。


石灰岩で構成された遺跡は奇妙な三角形の形をしている、何かしらの呪いなのかなと首を傾げるが案内役の微睡壬が何も言わないので問う事もしない、遺跡の中は気温が安定していて通気孔がある事はわかるが巧妙に隠されている。


「お前さぁ、そんなに喋って息切れしないわけ?」


「はーはー」


「舌を出してマジで子犬みたいだぜ、青色の毛並みの犬って物珍しいからな、飼って自慢したいぜ」


「はーはーはーはー?」


「理解出来ないなら別に良いぜ、この奥に鳥ニンゲンのシスターがいるのか?」


「そうです!も、もしかしたら追手が待ち構えているかもですよ、ご、ご安心ください!シスター・キョウはボクがお守りします」


「好きにしろよ、しかしゴーレム使いなのに体力あるのな、お前」


「お肉を食べてますので」


「え、何だって?」


「お肉を食べているので!ここら辺に住む良くわからない五足の魔物のお肉を食べているので体力には自信があります!」


四足じゃなくて?問い返したいが答えが怖いので止めとく、外から見た時に階段状に石を積み重ねる構造には中々に驚いた、巨大な遺跡、石材を四角錐状に積み上げるのはどれだけ労力と資金があれば出来るのか想像も出来ない。


表面に石灰岩の化粧板があるのも興味深い、何時頃に出来た建物なのだろうか?シスターはどうしてここで眠っているのだろうか?疑問は幾らでもあるが現物を見ない事にはな、微睡壬が両腕をパタパタさせながら五足の魔物について語っているが無視。


「もう少しで着くか?」


「は、はいぃ、シスター・キョウはどの角度から見てもお綺麗ですねェ」


俺の周りを忙しく動き回る微睡壬………その瞳はキラキラと輝いていてまるで憧れの人物を崇拝する少女のようだ、ん?もしかしてそのままなのか?俺があの狭苦しい村でドラゴンライダーに憧れていたようにこいつもシスターに憧れているのだろうか?馬鹿馬鹿しい。


綺麗と言われてもそんなに嬉しく無いな、カッコいいって言って欲しいぜ、相手は幼女だが一応は女だ、異性の言葉は自信になるぜ、何となく意識して目元を鋭くする、ふふふふ、美しさなんてカッコ良さの前ではゴミ同然よ、ど、どうだろうか?ドキドキ。


「さらにお綺麗ですぅ」


「あん?」


メンチ切った。


「ひぃいいいぃ、お許しくださいっっ」


「お前なぁ、反応が大袈裟なんだよ、まあ見ていて滑稽で楽しいけどな」


「た、楽しいですか、ボクを見ていて楽しいですか」


「ああ、滑稽過ぎて」


「あ………う、嬉しいです、だ、誰かに喜んで貰える何て初めてです………それがシスターだなんて、幸せ過ぎて罰が当たっちゃいます」


俺の皮肉にも気付かずに嬉しそうに目を細める微睡壬、こいつは今まであの小屋でどうやって生きて来たのだろうか?街の人間には差別されて疎外されてあんな何も無い枯れた土地で一人っきり、魔物を食べる事に抵抗も無くこうやって俺に利用されている。


一部が食べろ食べろと脅迫するが全く食指が動かない、こいつを見ていると遥か昔に失った存在が脳裏に過ぎる、アク、姿は思い出せないが靄に隠されたソレがアクだとわかる、こいつは一部にしたら駄目なんだ、もう二度と一部にしたら駄目なんだ、駄目なんだっ。


『ふふ、キョウくん♪』


『キョウくんが好きだから、こうして、ふふ』


『そっちが触らないからこっちが触るだけです、これからはこうして行きますからねキョウくん?』


ザザザザー、砂嵐、聞いた事の無い声、何かの作業をしている?これはそうだ、そうだ、冬に備えて鮒寿司を作っていたんだ、あの小屋で大好きなあの娘と、なのに姿が思い出せない、細部はまったく浮かばない、二人で作業をした記憶だけが曖昧に存在している


「あく」


「シスター・キョウ、泣いているのですか?」


「ああ、お前を見ているとずっと昔に失った存在が過ぎるんだ、気にするな、女々しいだろ?」


「いいえ、きっとその人は世界一の幸せ者です、貴方のような人にそんなに想われているんですもの」


「アクは、アクはっ!」


吐き出す、苦しい、すると手を掴まれて強引に引き寄せられる。


「他人を想って泣ける人は自分を想って泣けない不器用な人ばかりです、ご自分を苦しめないように……シスター・キョウ」


指で涙を拭われる、その微笑みはアクとまったく同じだと姿は思い出せないのに確信する。


だから涙は止まらない。

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