閑話119・『愛狂いエルフ』
眠り姫だと思った、死んだ事を認めずに眠っているのだと、今もこうして彼女を見ていると胸が苦しくなる。
それでもアタシに対する情があるのか女性体のキョウはキョウを街の真ん中に寝かせたままここを後にした、アタシの気配が残っている事を知っているだろ?
これではストーカーだな、いや、それよりも酷い、彼女の為に何でもすると決めたのだ、多くの人間を犠牲にして多くの国を潰して多くの種を根絶やしにした、エルフライダーのエサは重要なのだ。
今ではその兆候は無いが一度好めば全ての種を根絶やしにするまで食い尽す、常食のエルフはそうでは無いのにな、勇魔によってあの辺境から連れ出され何度も餌を与えられた、周りの者には魔法で気付かせ無いようにしながら。
故にキョウの体は最初から異形のモノだ、弄ばれ蹂躙されそれでも彼女は美しい、実の弟は完全に狂ってしまっている、あいつからこの人を取り戻す為にアタシは今日まで生きて来た、近付けない、拒否されるのが怖い。
記憶は完全に消された、リンクも繋がっていない、女性体のキョウに庇護されている、だとしたら今ここで目覚めても支障は無い、あのように傷付く事は無い………わかっているのにアタシは何に怯えているんだろうか?
「寝顔は、ふふ、間抜けツラ」
このままここに放置したら風邪を患ってしまう、アタシの小さな体で持ち上げるのは客観的に見て絵面が酷い、けど愛しい人の為だと溜息を吐き出して近付く、口元がだらしない、ムニャムニャと器用に蠢いている。
体を小さくして丸まっている様子は何処か猫科の動物を思わせる、遠い記憶が呼び起こされる、キョウは何時だって何かに怯えて生きていた、学も力も無く貧弱な弟を世話しながら生きて行かないとらならなかった、心が休まる時など無かった。
アタシが盗んだお金を頑なに拒否した、あんな小汚い路地裏で生きるにはあまりに純粋で清廉な人だった、きっと神様は彼女に意地悪をしたのだ、自分よりも美しい心を持っているキョウが壊れる様子を見たくてあんな路地裏に産み落としたのだ。
よいしょと、まるで羽根のように軽いわね、そして全体的に丸みを帯びていて女性らしい体付きをしている、鼻腔を擽るのは微かなミルクのような匂い、彼女自身から醸し出される怪しい香水、っ、一気に顔が赤くなるのを感じる。
「…………まったく、襲われるわよ」
怯えさせて泣かせたのはアタシだろうに、無意識でこの人を求めてしまったのは自制すべき事だし自重して自分の力をコントロールするべきだ、キョウがエルフライダーとしての力を貸し与えてくれている事は誰よりも理解している。
あれだけ大切な存在を奪って傷付けてしまったのにどうしてこの人はアタシに協力してくれるんだろうかと本気で思う、だからこそ勇魔に対抗出来るのだ……自分の持っている勇者の力だけではアレの半分以下、しかし今では互角以上の関係になっている。
視線を感じる、キョウの一部達がアタシを監視している、その視線の圧があまりに凄まじくて周囲の光景が歪んで見える、念の為にアタシの一部もこの世界に具現化している、何も問題にならなければ戦闘も無いだろう、キョウの力でアタシが過去に取り込んだ一部。
本来ならキョウに取り上げられても仕方が無い一部だ、しかしそれをしないとなるとアタシも少し戸惑ってしまう、中には特別優秀なエルフの一部もいる、リンクを繋げればエルフライダー特有の飢餓に苛まれて精神を壊すような事も無い、それは何時でも協力する。
「アタシはエルフライダーの能力をエルフにしか使っていないのに、本家がコレとはね、つまみ食いし過ぎよ」
「―――ん」
「太ってお嫁に行けなくなるわよ?」
「――――――――――」
「グロリアと幸せになりたんでしょう、勿論、邪魔するけど」
だけどアタシ自身の望みが何なのかわからない時がある、キョウを幸せにする為にキョウを勇魔から奪い返す為に長い年月を生きて来た、グロリア、そこに現れたアタシでも勇魔でも無い第三の存在、彼女といる時のキョウは本当に良く喋り良く笑う。
嫉妬は全く抱かない、それはアタシがキョウにプレゼントしたかった幸せな時間だからだ、感謝はしている、あの狭い村から連れ出して多くの景色を見せてくれている、アタシはあの狭い路地裏からキョウを連れ出せずに一生後悔している。
その後悔に縛られたまま生きている、アタシの中にはその過程で生まれた多くの人格がある、キョウは一つだけ生み出したようだがこれもエルフライダーの能力による恩恵なのだろうか?人格によって使える能力も職業も違う、この世界の職業固定のルールを壊している。
「ぐろ、ぐろり」
「?」
「グロいロリ」
「グロリアで良いでしょうそこは素直に」
何て幸せそうな顔で意味不明な事を呟くのだろうか、この世界の家には誰も住んでいない、手頃な家を見つけてそこのベッドにキョウを寝かしつける、グロいロリ、それってもしかしてアタシの事だろうか?確かにグロい事も彼女の目からしたら沢山しているように見えるだろう。
何だか傷付く、いやいや、眠り姫は間抜け面で眠っている、周囲にはアタシの一部の気配が密集していてそれを取り囲むようにキョウの一部が警戒している、ここはキョウの精神世界だ、ここでの戦いは彼女にどのような影響を与えるのかわからない、やめろ。
アタシの為に勝手に動こうとする一部を脅す、怒りすら持って、彼女達はキョウの事を深く知らない、キョウの一部では無くアタシの一部だからだ、愛情に狂った一部は本体に認められようと思い掛けない行動に出る事がある。
「キョウを傷付けたらすぐに消してあげる、一部では無く消化されて昇華されて消えなさい、尿と糞に成り果てなさい」
脅しは有効だ、彼女達はアタシが愛するキョウに嫉妬している、キョウとのリンクを繋げる権限はアタシには無い、エルフライダーの能力で一部に成り果てながら彼女達はキョウに一生一部としては認められないのだ。
「ん」
「どうして、アタシにエルフライダーの能力をくれるの?」
「――――」
「それで勇魔に匹敵する軍も手に入れた、キョウはアタシに攫われたいの?」
「――――」
「アタシは、オレは」
「――――はら、へった」
「ぷ、はは、あはは」
あまりに間抜けな寝言につい笑ってしまった、祈るように膝を折りながら彼女を見詰める。
「貴方が幸せになる為に色々と用意しているのよ、エルフを家畜化して増やす技術も蓄えている」
「ん」
「だからあの路地裏にいた頃のように飢えで苦しまなくて良いのよ」
捧げられるモノは全て捧げる。
それこそスベテヲ。
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