閑話118・『恋煩いエルフ』

すっかり眠ってしまった、全ての記憶を奪われて封印されたキョウは私の腕の中で健やかに眠っている、自分を悩ませる嫌な記憶が消えて幸せそうだ。


そう、キョウの事を幸せに出来るのは私だけ、今はキョウの命令でエルフ以外の一部を取り込んでも精神が壊れないやり方を模索している、やはりエルフを定期的に吸収するのが好ましい。


膝枕をしてあげる、湖畔の街の真ん中で二人だけで一人だけで幸せを噛み締める、癖ッ毛のソレを撫でてやる、これは前世のキクタから受け継いだ唯一の細胞だ、癖ッ毛でフワフワであいつの面影が過ぎる。


結局の話、キョウを取り合って勇魔とキクタが世界を舞台に暗躍している、そこに様々な組織の思惑が絡み神すらも干渉している、それが今のこの現状、キクタに奪われて勇魔に弄られて私達って一体何なんだろうねェ、んふふ。


「おやすみ、キクタの事は忘れて何時もの何も知らない無垢なキョウに戻ってね♪」


「何時もの如くか、ご苦労な事」


幼くも凜とした声に溜息を吐き出す、接近には気付いていた……だからこそすぐにキョウの記憶を奪う必要があった、まず無いと思うけどキョウがキクタ側になれば立場が逆転する、んふふ、しかしそれこそ私が望んでいるものかもねェ。


力のみで大好きな女の子を奪う、それは私の中にもある欲望だ、徐々に近付いて来る気配は濃厚で威圧的だ、勇者の放つ気配にしてはあまりに禍々しくて笑えないんだけどォ、んふふ、他の一部に命令してこの世界での具現化を許す。


総力戦になれば私達の勝ちだと思うけどキクタはそれを望んではいないよね?羽化する前の段階で堂々と姿を現すなんて中々に出来る事じゃないよ、それだけキョウを心配してるんだね、自分の計画を捨ててまでこんな行動をするだなんて。


恋狂いが。


「寝たの?」


「キョウが取り込んだ当時のあの奴隷ロリはもういないのかなァ」


「いるわよ、無数のアタシ達がアタシとオレを構成している、あの娘はキョウの侵食が早過ぎてアタシを裏切る可能性がある、だから出さないわよ」


グロリアと旅立ってすぐに遭遇したキクタ、取り込む事を止めなかったのはキクタの中に杭を打ち込む為だ…………私と同じように無数の一部と多くの人格を有するキクタ、転生する度にそれは増殖しているのだ。


その一人に絞ってエルフライダーの能力を行使すればキクタに与えられたキョウの権限を私が奪い返せるかも?答えは簡単だ、それは現実として彼女の口から語られた、あの奴隷であるエルフの少女はキョウの一部として活動している。


それを本体のキクタが封じているとしてもキョウの一部として動いている事実はありがたいよね、んふふ、しかしキクタの顔が蒼褪めているのが面白い、ラスボスの癖に自分がキョウを傷付けたかもって心配でどうしようも無いって感じ、懐かしいね。


「寝てるからね、触る?」


「馬鹿を言うな、アタシが傷付けたんだ、そんな事を許されるはずが無い」


「はぁぁぁぁぁ」


「た、溜息が長い」


「んふふ、糞真面目、糞真面目が恋とか愛で失敗するとこんな化け物になるんだって良い教訓だよ、ホント」


「泣いてたか」


「そりゃあもう、ほら、目尻が赤くなっている」


「こんなつもりじゃ無かった、泣かせたく無かった」


「へえ」


目の前に立つ彼女は何処までも禍々しいオーラを放ちながら何処までも優しい表情をしている、初雪を思わせる白い肌が太陽の光を受けて眩く光る、グロリアや私の肌が白磁の陶器を思わせる代物だとしたらこちらは自然物である初雪のような儚さを思わせる肌だ。


しかし蒼褪めているのはマイナスポイントだねェ、キョウを見詰めている、昔からこいつはずっとこうだよ、キョウを傷付けないように傷付けないように振る舞うのに傷付けてしまう、だから勇魔に嫌われるし疎まれた、幼馴染だけどそこは改善出来なかったよねェ。


太陽の日差しの下で光る白色は何処までも清らかで聖域のような神聖さを含んでいるのにどうしてか不気味な物のように思える、キョウの一部になった奴隷のキクタと同じ格好をしている、そもそも同じ姿だけど表情がまったく違うよね、そりゃ、長い年月を生きて来たもんねェ。


睫毛はくるんと上を向いていて眉毛も綺麗に整っている、髪は少し癖っ毛でここまで完璧を極めた美貌に一点の隙を与えている、それがアクセントとなって愛嬌もきちんと備えている、真っ白い髪は老婆のそれとは違い若さを含んだ美しさを象徴している、そしてエルフ特有の尖った耳。


そう、キクタは最初からエルフだった、キョウが忘れているだけ、そして転生して人間になりエルフライダーの力でエルフになった。


「女同士で異種で良くここまで」


「アタシはキョウ以外を望んだ事は無い」


「男装までして勇者になって」


「それもキョウの為だ、迎えに行く約束だった」


10歳ぐらいの子供の姿なのに台詞は全て重みのあるソレ、はぁ、溜息を吐き出す。


そうだった、こいつは最初からこんな奴だった。


「キョウが起きる、さっさと去りなさいよォ、あまり気落ちしないで、キョウが傷付くのは貴方の事ばかりでは無いしねェ、それともここで消されたいの?」


「アタシはオレは――――絶対にキョウを幸せにする」


「そう」


「お前もだ、もう一人のキョウ」


「帰れ」


それは私の逆鱗に触れる言葉だ、怒気を含んだ言葉にキクタは大人しく従う。


どいつもこいつも、私もキョウもお前達の玩具じゃ無い、お前達が幸せになる為の道具じゃない。


見下すな。

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