閑話117・『一番怖いのは自分自身だよね、もしかしたらね』

頬が熱い、キョウに叩かれたのは初めてかなぁ?エルフライダーの能力や生態で狂っているわけでは無く本人の意思で暴力を振るった。


縋るように抱き付くキョウを優しく抱擁する、後ろで木に背を預けながら佇む灰色狐の視線は鋭く厳しい、去れ、視線で促すと舌打ちして姿を消す、キョウを護ってくれてありがとうねェ。


状況は把握している、まさかキクタが自らキョウを呼び寄せるとは少し驚いた、私が眠る僅かな隙を狙ってあの空間にキョウを誘い込んだ、あそこは私とキョウの世界の中でも異質の場所。


よしよし、頬は痛い、涙を流しながら思いっきり叩かれたからねェ、滾る感情を制御できなかったにしろ女性的な行動だねェとほくそ笑む、それともキクタと僅かにでも邂逅して記憶が刺激されたのかなあ?


震えるキョウは生まれたばかりの雛鳥のように弱々しい、下唇を噛み締めながら器用に奥歯をガチガチと鳴らしている、キョウの心の中には漆黒の不安が広がっている、光がまったく無い虚無、可哀想に、キクタめ。


覚醒が早まったのを予感して溜息を吐き出す、そうだね、魔王軍の元幹部と使徒、そしてクロリアに炎水、強力なカードは揃っているがそれだけでキクタに勝てるのかと問われたら疑問だ、勇者の力とエルフライダーの疑似的な能力を併せ持っている。


ここら辺で強靭な精神力を持つ個体が欲しい、このようなキクタの干渉にも耐えられるような強い精神、キョウはその根の部分が透けている、淡く淡く透けている、そこにキクタの強烈な精神で刺激されるとこのような事になる、ああ、可哀想に可哀想に。


私のキョウ。


「私を叩いて少しは安心したァ?灰色狐は奥に戻したよ?何か言いたそうな顔をしていたけどこの問題は私とキョウのモノだからねェ」


カチカチカチ、歯の音が鳴り響く、そしてカタカタと体も震える、小動物を連想させるキョウの仕草に苦笑する、ここまで怯えちゃうなんて忘れた記憶を刺激されたのかなァ?キクタに奪われて勇魔に弄られて本当にどうしようも無い人生だよね。


その二人を打破する為に私も誕生したのだけどキョウはそれ所では無いよねェ?んふふ、湖畔の街の空は灰色に濁っている、キョウの精神状態をそのまま空に映し出している、キクタが自分に対してどのような感情を持つ一部なのか僅かだが認識した。


怖がっている?怯えている?逃げようとしている?そのどれとも違う、キョウはキクタのあの瞳を見てしまった、あの底知れぬ感情を潜めた瞳を見てしまったのだ、故にここまで混乱している、それがどのような種類のものなのか一目でわかってしまったようだ。


「キョウ、キョウ、どうして隠していたっ」


「隠してはいないよねェ、キョウが受け入れられる状態なら私はちゃんと説明した」


嘘偽りの無い本心を語る、そう、キョウを傷付けたくない一心でキクタとのリンクを切断していた、そもそもアレがどのような存在でどのような化け物なのかそんな事は関係無い、キョウがキクタを自分の一部と認識して他の一部のように支配すればこの物語はすぐに終わる。


問題なのはキクタに成長する時間も能力も与えているキョウだ、キョウがキクタを否定すればあれは一部なのだから恭しく膝を折って重々しく忠誠を誓うだろう、いや、忠誠心は誰よりもあるのか、だからこそここまで暴走している、世界を震撼させる程に。


キッ、涙で濡れた瞳が鋭く私を睨み付ける、ゾクゾクと背筋が震えるのはキョウの視線が私だけに集中しているからだ、元気に跳ね回るキョウが私だけに黒い感情を向けている、それは私の心を充実させ満足させる……しかし声は何処までも優しくキョウを抱擁する。


「キクタは確かに危険な一部だよ、でもキョウがあの娘から全て取り上げる勇気があればそもそもこんな事にはなっていないよォ?」


「お、おれ」


「結局、キクタを自由にさせているのはキョウ、それはどうしてかな」


「お、おれ、あいつに」


「他の一部はみんなキョウに忠誠を誓って誠実に一部としての役割を果たしている、でもキクタはそれをしなくていい、誰がその権限を与えているの?」


「あいつ、あいつに、おれ」


「キョウは何処かで望んでいるんだよ、キクタに奪われる日を―――大好きだったんだから」


「あ」


「でも駄目、私がさせないし他の一部もさせない、既に溶けてしまった部下子やアクも絶対にそれを許さない、皆から反対されている事をしようとしているのはキョウとキクタなんだよ?」


「ち、ちが」


「だったら今ここでキクタの権利を全部取り上げちゃえば?キクタが勝手に生み出した使途や一部もリンクを通して奪えば良いだけ、キクタはキョウに逆らえないんだから」


「う、あ、だ、だめ」


「んふふ、ほらぁ、結局はそうなんだよォ、自分を攫って欲しいだなんて乙女なんだから」


「わか、らない、キクタのこと、考えると」


「乙女め、良いよォ、無理に理解しなくても、それこそ勇魔が嫉妬しちゃうぞォ、んふふ」


「な、なに」


心を重ねて波長を合わせる、キョウがキクタを自覚したのは過去に何度もあった、そしてその恋心を消すのも記憶を消すのも私の役目だ、そうしないと心が壊れちゃうしねェ、んふふ、呆けた表情、瞳から感情が失われ体が弛緩する。


抵抗は出来ない、キョウを操れる存在は誰もいない、キクタはキョウにその権限を与えられているだけで本来は他の一部と同じ存在だ、しかし私は違うよ、私だけがキョウを己の意思で支配して操れる、同じ存在だからねェ、キョウは優しいから私にはしないよね?


でも私はするよ、キョウの為だもん。


「はぁい、忘れようねェ、とんとん、背中叩いてあげる」


「うぁあ、あ、あ、き、きくた」


「忘れよう忘れよう、そんな前世の既に腐り果てた恋心、いらないからねェ」


「だ、だ、だめ、やぁ」


「やぁ、じゃないよォ、んふふ、消すよ、キョウは私だけのキョウでいてね、良い子だから」


「あ、あ」


んふふ、しかしキクタがここまでするなんて、少し予想外だったねェ。


勇魔かキクタ、どっちから消そうか悩むじゃない、んふふ。


ふふ。

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