閑話116・『ずっと後悔している、そして』

まだ会うには早い、早過ぎる邂逅はあの人を傷つけてしまうかも?アタシは繭の中で体を丸めながら願う、まだ来ないで良いよ?


なのに無意識に彼女を誘い込んでしまったらしい、この領域は彼女の中の女性体が管轄する地域、普段の状態なら足を踏み入れる事は出来ない、しかし今は違う。


ここでは無い現実世界の繭の中で成長するアタシと多くの魔王の眷属、さらに使徒を取り込んだ事であの人の体の中も心の中も忙しく脈動している……使徒がエルフだった事が良い方向に転がった。


勇魔、あの人の弟、アタシと同じように長い年月の中で様々な策を練り彼女を取り戻す為に暗躍している、どの時代にも現れてどの時代でも他者を動かし姉の為に行動する、アタシにはそれが不愉快で仕方無い。


あの人の近くにいたのにあの人を護れなかったクズ、全ての愛情を独り占めしておいて何も彼女に返せずに不幸のまま死なせた、それは許されない事だ、にあ、しかし殺すのは中々に手間だ、アタシも化け物だがあいつも化け物。


使徒の数を減らせたのは良い事だ、だけれどあいつ自身の能力が既に神の領域にある、故に互いにぶつかれば大陸が滅びる、今はまだ早い、あいつを殺すのが目的では無い、あいつと神からあの人を取り戻すのが目的だ。


エルフライダーに何度も取り込まれた事で自身にも同様の能力が芽生えている、多くの使徒と多くの一部を保有している、大陸に潜伏するそいつ等と合流するにはまだ体が出来上がっていない、あの人は喜んでくれるだろうか?


あの狭苦しい路地裏で何時もお腹を空かせていた、あの人には何より優先するべき弟がいたし少ない稼ぎもその肉体も全て弟の為に使っていた、アタシはそれでも良かったのだ、一番で無くても良かった、あの人が死んだあの日を迎えるまで。


魂も奪われ記憶も奪われ実の弟に弄ばれるあの人、全ての愛情と人生すらも捧げてその果てに死んだのに今でも弄ばれている、許せない、御し難い、粛清してやる、あんなクズを生み出した世界すらいらない、あの狭苦しい路地裏で美しかったのは彼女だけ。


「アタシにはあの人だけいれば良い」


それ以外はいらない、それ以上もいらない、それ以上は最初から無い、ああ、胸が苦しい、護れなかったのはあいつだけか、守れなかったのはあいつだけか、違う、アタシもまもれなかった、魔王を倒して世界を救って人々に愛され英雄になっても世界で一番大切な人を見殺しにした。


その事実がアタシの何世紀にも渡る原動力になっている、だからこそオレを捨ててアタシになった、もっと強くなる為に、もう二度とあの笑顔を失わない為に、惚れた女には永遠に幸せでいて欲しい、オレはアタシはそれだけを望んでいる、どんな相手だって彼女を奪うのなら殺して見せる。


「―――――――キョウ、大好きです」


「―――――――キョウ、愛しているぜ」


二つのアタシとオレが同時に答える、かつてのオレと今のアタシは同じ体の中で性的な衝動として存在している、その目的は共通している、罪を背負ったあの弟を殺しあの人を取り戻す、全ての計画は順調に進んでいる、しかし一つだけ不可解な事がある。


使徒二人に恋した事も勇魔の仲間であった巫女に恋した事も全てが勇魔の計画の内だ、そしてそれは同時にアタシの計画でもある、二人の愛の奴隷が企てた計画は互いを侵食しながら次の段階へと進んだ、望むも望まぬも関係無く二頭の蛇の様に絡まってしまった。


しかしだ、あのシスターは何だ?勇魔が望んだモノでもアタシが望んだモノでも無い、それなのにあの人は彼女に恋をした、嫉妬は無い、記憶を奪われて魂も洗浄され全てを失えば恋の一つぐらいする、あの人が普通の人間のように恋をして幸せに過ごしているのはアタシにとっても幸せだ。


それが勇魔の仕組んだモノで無ければ素直に受け入れられる、いずれ取り戻すのを絶対条件としてだが、だけれどどうしてあの人はあのシスターにあそこまで恋をして愛してしまったのか、それが不可解だ、アタシや勇魔の計画の隙を狙って奇妙なタイミングで割り込んできた。


「シスター・グロリア、過去を詮索しても奇妙な点は無いね」


「何よりだ、キョウは愛しい存在を食わずにはいられないのにシスター・グロリアを取り込もうとしない、何故だぜ?」


「アタシに聞かれても困るよ、そもそもシスターは勇魔の技術を流用したモノでしょう?」


「シスターの技術を勇魔が流用したんだろ?」


「「どちらにせよ、油断は出来ない、あのシスターの才覚と実力はアタシやオレや勇魔でも正面から戦えば危うい可能性がある」」


それだけ常軌を逸した存在でありながらどうしてあの人は取り込まない?今までのエルフライダーの生態からしたら考えられない現実、シスター・グロリア、一部に命じてその過去を暴くべきか?彼女自身も知らない出生の秘密があるのかもしれない。


現状では勇魔ほどに危険視するつもりは無い、あの人の想い人だ、消すにしても傷つかないように事を成す、今までのソレは全て害悪だから全て排除した、勇魔の眷属は甘い顔をしてあの人を誘惑する、主である勇魔と同じように無意識で彼女を愛してしまうのだ。


その愛の根底にはあのクズの魂がある、姉を救えず護れず幸せを与えず不幸なまま死なせた、そんな存在の愛情なんてあの人には必要無い、アタシとオレが今度こそ貴方を幸せにしてみせる、魔王を殺しても貴方が笑わない事を知った、今度はちゃんとするからっ。


いい子にするから、だから、もう一度微笑んでほしい。


「「キョウ」」


ずっとずっと苦労してずっとずっと弟の為に生きてその僅かな、その刹那に少しだけ、ほんの少しだけアタシを見てくれた。


幼馴染でずっと近くにいたのに互いが不器用で互いが素直では無かった、しかし、想いが通じてやっと、やっと、なのに死んでしまった、可哀想なキョウ、誰よりも優しかったキョウ、アタシが、オレが幸せにしてあげないと駄目だった少女。


「ォ」


「ぉおぉ」


「ぉぉおぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」


怨嗟、許し難い。


許し難い。


ホントは一番許し難いのは。


アタシ。


近くにいてあげなかった。


だから今度は―――――永遠に傍にいる。

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