閑話115・『キクタ、ああ、キクタ、キクタは変わらない、永遠に』

湖畔の街、この世界には俺が足を踏み入れていない場所が幾つもある。


キョウが俺を誘導しているのはわかっている、しかし俺自身の興味は抑えられない。


キョウが寝ていてもこの街に来る事は出来るのだろうか?試して見たら思った以上に簡単で今までソレをしなかった事に呆れてしまう。


「一人でも来れるんだな」


「そうじゃな、この街に招待されたのは初めてじゃな、儂を選んでくれて嬉しいぞ」


「一番最初の一部だからな」


「キョウ?一番最初は■■■じゃぞ、今はまた思い出せない時期じゃろか」


言葉が耳に入って来ない、脳が処理も出来ない、灰色狐の言葉に俺は首を傾げるだけで何も理解出来ない、キョウは寝ているので今がチャンスだ、足を踏み入れていないあの場所には何があるのだろうか?


床で踵を鳴らす、灰色狐は好奇心に目を細めて周囲を見回している、俺の初めての一部はお前だろうに、何を言っているんだろう?キョウが寝ているせいで精神がやや不安定で記憶が曖昧だ、キョウにあの場所に足を踏み入れては駄目と言われた。


「どうして、キョウが寝ている隙にこんな事をしようと思ったんだろう?駄目と言われたのに」


「少しおかしいぞ、やはり止めておくか?キョウ………蒼褪めている、可哀想に」


特徴的な舌足らずな……なのに大人びた雰囲気と凜として咲く華を彷彿とさせる艶やかな声、灰色狐の声は何処までも俺の身を案じてくれている、そうだ、自分自身でもわからないこの衝動の理由を突き止める為にこの世界に来たんだ。


俺自身が誰かに操作されている可能性に震える、キョウがいないこのタイミングを狙って?これではまるでキョウを裏切っているようだ、あの場所には足を踏み入れては駄目と忠告された、そして俺はその言葉に従った、なのに裏切っている?


灰色狐の手を握る、紅葉のようなソレは温かくて柔らかい、少しだけ安心する、灰色狐の言葉に従って夢から目を覚ますのも一つの手だ、現状では自分自身がどのような状態にあるのか全く把握出来ない、普段なら制御出来る好奇心が制御出来ないぜ。


「わ、わかんねぇ、どうして、どうしてキョウを裏切ってこんな所に来てるんだ?」


「キョウを操れるモノなどおるはずが無い、しかし一部やキョウ本人なら干渉出来るはずじゃ」


歩き出しながら灰色狐は冷静に分析する、この世界に訪れるのも確か一人では無いといけないはずだった、強迫観念のようにソレは俺の中に存在している、断定しても良い、命令として俺の中にソレはある、誰かに命じられたのか??キョウがいない隙を狙って。


キョウに伝えた方が良い、それともグロリアに相談するか?精神世界の出来事を伝えるのは難しいがグロリアなら的確なアドバイスをしてくれるはず、街の様子は何時もと変わら無いのにキョウがいないだけでここまで不安になるなんて俺ってどんだけ情け無いんだ?


涼しげな青い湖面、その周りを囲むような小さな建物が幾つも並んでいる、風光明媚な街、自然と人工が仲良く調和している何時もの景色、灰色狐は最初は特別扱いされて喜んでいたが今では殺気を振り撒いている、俺に向けたモノでは無い、何を警戒している?


「そうか、もう一人のキョウがいない隙を狙って誘い込むとは、どうやら戻るのも不可能のようじゃ」


「灰色狐、お前、何かわかるのか?」


「キョウ、■■■じゃ、理解出来るか?」


「んん?な、何を言ってるんだ灰色狐、あ、記憶の前後が――ん、何を話してた?どうしてここにいるんだっけ?」


「やはりか、一部として取り込んだ時期が近い儂ならギリギリ干渉出来ると踏んでキョウが無意識で連れて来たんじゃな」


「灰色狐?」


「大丈夫じゃ、一部は取り込まれた時期が近いほどに互いに干渉が出来る、それが■■■であろうと儂を挟めば精神を奪われる事も無い」


「よくわからんが灰色狐が守ってくれるのか?」


「無論じゃ、もう一人のキョウがいればあいつの好きには出来ないのじゃがなぁ」


何処までも広がる蒼い空と入道雲、なのに涼しい、冷涼な夏の光景は見慣れたモノで緊張感を少しずつ解いてゆく、様々な色を使って建物を塗装しているのだが今日はソレが少し違う色に見える、カラフルな色彩と古びた木組みが実に合っているのだがそれすらも違和感。


■■■、何かがゆっくりと俺の体に触れている、黒い触手のようなモノだが透けている、俺が行使する透明の触手に近い、相手もエルフライダーなのか?バカな、それは俺だけの称号で俺だけがそのイカれた化け物なのだ、他にエルフライダーがいるはずが無い。


アンティーク感漂う街の光景が少しずつ歪に変化する、そうだ、この先だ、この先のもっと先に黒く広がるおかしな世界がある、キョウに絶対に近付いては駄目だと忠告された不思議な世界、俺の頭の中には絶対に無い異界の光景、おかしい、そんな記憶はまったく無い。


「この、先」


「ほぅ、やはりか―――■■■、まだ覚醒していないはずだがここにいたのか、キョウや忘れられた一部からはお前の情報を聞いているぞ、この痴れ者」


いつの間にか夜になっている、星空は無く漆黒の空間が世界を包み込んでいる、頭痛がより激しくなる、キョウ、グロリア、どうしてか二人の笑顔が浮かぶ、この二人の笑顔を何故か思い浮かべてしまう、怯えているのか??どうしてこの二人なんだ?どうして?


灰色狐の褐色の腕に縋りつくようにして座り込む、呼吸がままならない、見上げると灰色狐の薄暗い空に漂う雲のような色合いの髪が風で揺れている、若さからか漆器のような艶やかさがある褐色の肌には少しだけ汗が噴き出している、緊張している?


「お前がキョウの大切な存在を取り上げる化け物じゃな」


「なに、を、灰色狐、何を―――――」


「答えろ、■■■、二人のキョウの片方が眠るこの特殊な状況に仕掛けて来たのじゃろ?」


「アタシの前でキョウに触れるな、畜生風情が」


にあにあにあにあにあ、少女の声が暗闇に延々と響き渡る、そこで俺は見た、何も無い空間に玉座がある、様々な宝石で豪華絢爛に彩られたそこに座るのは粗末な服を纏った一人の少女だ、欠伸を噛み殺しながらこちらを見下している、そう、宙に浮いている。


にあにあにあにあにあ、何処までも声は怨嗟のように、そいつの姿を視界に入れた瞬間に全身が大きく震える、まず最初に思うのは初雪を思わせる白い肌、グロリアや俺の肌が白磁の陶器を思わせる代物だとしたらこちらは自然物である初雪のような儚さを思わせる肌だ。


暗闇に浮かび上がるその白色は何処までも清らかで聖域のような神聖さを含んでいるのにどうしてか不気味な物のように思える、大きくまん丸い瞳は青みを強く含んだ紫色、春風の到来を告げる花を連想させる菫色だ、睫毛はくるんと上を向いていて眉毛も綺麗に整っている。


髪は少し癖っ毛でここまで完璧を極めた美貌に一点の隙を与えている、それがアクセントとなって愛嬌もきちんと備えている、真っ白い髪は老婆のそれとは違い若さを含んだ美しさを象徴している、そしてエルフ特有の尖った耳、愛嬌も美貌もあるのにどうしてここまで不安になる。


「癖ッ毛、あれ、俺と同じ、あ、あれ、おれ、だれ」


「キョウ、落ち着け、大丈夫じゃ」


「認識出来ていない……か、アタシの細胞で御身を構成していたのに悲しいわね、今ではシスターや使徒やらで汚染されて純度を無くしている」


■■■、あれ、こいつってこんな喋り方だった?いや、そもそも俺はこいつを知らねぇはず、だけど俺を見る視線は何処までも優しい、底抜けに優し過ぎて愛情を含み過ぎてそれが依存だとわかる、依存を超越した奇妙な感情、人が人に抱いてはいけない感情。


愛情と呼べるようなモノでは無い、グロリア、キョウ、二人の笑顔がどうしても浮かんでしまう、こいつを見ていると泣きたくなる、大嫌いだと胸が騒ぐのにそれだけでは無い、こいつに抱いている感情は決してそれだけでは無い、奴隷の着るような粗末な服を揺らしながら幼女は笑みを深める。


「やはり、二度、いや、ずっと昔からキョウに取り込まれ続けたのじゃな」


「そうだよ、記憶を消して転生して何度も何度もエルフライダーに近寄った、ふふ」


「どうしてそこまで、お主は―――誰じゃ?」


「アタシ?――レイに奪われた被害者だよ、一番大切な存在をあいつに奪われた、アタシの、オレのキョウを」


『オレが弟もお前も護ってやる、だから泣くな』


――――――――――だれだ、このおとこのこは、きおくにない、こいつでもない、こいつ?


「アタシを警戒して色々と策を練っているようだけど全然ダメね、にあ、レイは弟の癖に恋人のオレからアタシからキョウを取り上げたんだ、だからその罰として永遠にキョウを取り戻せないのさ」


『キョウ、お前なぁ、一応女の子なんだから!スラムのみんなにボス猿扱いされてるの知ってるか?恋人のオレの身にも……ああん?恋人じゃ無いだと?!』


――――――――――だれだ、こいつ、どうしてこいつとしらないおとこのこがこうごにうかぶ。


「逆にアタシの策は万全だ、オレはこいつを殺した世界を穿って新世界で二人だけの神になるのさ、他はいらない、特にレイはいらない、あいつがいるとオレはアタシはキョウの一番になれない」


『元勇者のジジイがオレが次世代の勇者だって言うんだよ、しかも大国の王様だぜ?!そいつの養子にならないか誘われたんだ、受けるつもりだぜ!はぁ?!バカ言うな、その金をだな、少しでもお前やお前の弟の生活費に、そんで少しだけ我慢して待ってろ、な?』


「小さい頃からずっと一緒だった、あいつを幸せにする為だけに裏路地の全てを支配した、逆らう奴は殺したし汚い事もしたな、キョウはその金を受け取ってくれなかったがな、あの頃とアタシはオレは何も変わっていない」


『ずっと一緒だぜ!魔王をぶち殺して世界の英雄になってキョウを嫁にするのが俺の夢だぜ!ああん?お姫様と結ばれないの?アホか、お前を幸せにする為に魔王をぶち殺すし勇者で王様のジジイの養子になるんだぜ?』


「レイ、あの頼りない糞ガキがキョウを殺したんだ、だからあのガキは殺す、その眷属である使途も全て殺す、キョウの愛情を当たり前のように与えられた末に護れなかったウジ虫はアタシがオレが粛清する」


『おまえ、ここらではみなれないかおだな、おれのなまえはきくた、おまえのなは?きょう?おとこかおんなかわかんねぇなまえ』


「一目会えて良かった、キョウ、もう少しだけ待ってなさい?アタシがオレがお前を幸せにしてやる」


――――――――――――――――――だれだ。


――――――――――――――――――――――だれだ。


――――――――――――――――――――――――――――きくた?


「お前を魂の器とする神もぶち殺してやるからな、アタシはオレは神とレイからお前を取り戻す為に」


孵化する日を待つ。

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