第143話・『仕組まれた事は幾つかある、そして気絶だぜ』

巨大遺跡、無色器官で全身を覆いながら先を急ぐ、俺は臆病でビビりなので身を護る手段があるのなら惜しみはしないぜ。


先程ゴーレムと戦った場所から移動して見れば何処もかしこも古代の遺跡の面影を残す特殊な土地だ、こんなに大きい遺跡なら聞いた事もありそうだけどな。


気配の主は必死に己の存在を消そうとしているようだ、俺にバレない様に必死だが妖精の感知能力から逃れる術は無い、ゴーレムは狭い土地で使役するのなら良いけど広大な土地では役立たずだな。


逃げれば良いだけだし、しかし普通の人間ならあの巨体を掻い潜って逃げるのは不可能に近い、今の瞬発力と速度があればこそだ、追って来る気配も無いし少し足を止めて周囲を観察するか?


「しかしゴーレム使いか、能力としては欲しいな」


『いやいや、失敗作のシスターが本命だからねェ?自分自身の欲求を見失ったら駄目だよォ?』


「目の前にステーキとハンバーグがあったら両方食べるだろう!」


『その例えはどうなんだろ、お肉ばっかりだと体に悪いよ?』


「バカ言え、エルフの肉に魔物の肉に人間の肉に妖精の肉、肉も色々あるから大丈夫だろ」


『野菜も食べなきゃ』


「植物属性は暫く良いぜ、ふふ、もういるからな」


『ほぉら、こっちだよォ』


ゆっくりと歩き出す、俺の気配をあっちも探っているのだろうか?暫く歩くと開けた場所に出る、朽ち果てた多くの建造物群が並んでいる、その下に段々畑が築かれていて中々の絶景だ、この建物の中に隠れている?


その壁には幾つも壁龕(へきがん)がある、野ざらしの状態なのに傷んだ様子も無い、魔力を僅かながらに感じるがどのような魔法なのかはわからない、古典的建築意匠の一種だがこのままではあまりに勿体無いように思える。


「へえ、大きく無かったら盗んで売りに出したいぜ」


『グロリアの悪い影響だよ、もぉ、泥棒は犯罪なんだからねェ?』


「恋泥棒になりたい」


『冗談は置いといてそろそろ遭遇するから油断しないよーに』


「き、キョウ、構ってくれないと寂しいぜ?」


『んふふ、寂しがるキョウも可愛いから虐めるのも良いかもォ』


キョウの成長を感じつつ少し寂しい気分、感知の範囲を広げると思った以上に近い距離にいやがるぜ、ふふ、気配を隠しているのでまだこちらには気付いていないようだ、さて、いきなり襲って食うのは失礼だし少しは会話を楽しむとするか。


「もしもーし、ゴーレムで俺を殺そうとした人ー、隠れても無駄だぞー、シスターの遺品の居場所を知っているなら教えてくれ」


『素直過ぎるよ、それで教えてくれるならそもそも襲撃しないと思うなァ』


「そうか?教えてくれるなら見逃してやって良いぜ、片腕か片足か貰うけどよォ、んはぁ、一番美味しい太腿が良いなァ、キョウはどっちが食べたぁい?」


『そうだねェ、キョウの好きな方で良いよぅ、んふふ、魔物の精神がいい感じに脳を刺激してるねェ』


「そうか、大丈夫さ、四肢を全部貰っても死ななきゃ良いんだ、死ななきゃ殺した事に入らねぇ、ふふ、死なないように上手に四肢を食べよう」


『死んじゃったら?』


「その時は死体に謝れば良いんだよ、ごめんなさいってな、俺を殺そうとした相手だ、それで全部チャラになる」


蒼い月の光が周囲を照らしている、そこに見える人影に目を細める、じゅるるる、涎を撒き散らしながら笑みを深める、甘い匂いだ、女だ、柔らかそうな肉、女だ、まだ幼いな、女だ、女だから女だ、女の肉は甘くて美味しい、血生臭くて美味しい。


餌を前にして有り得ない程に興奮する、おかしいな、使徒を食べたお陰で安定しているはずなのに獲物を見たら急に食欲が増大した、瞳の奥がチカチカする、瞳孔が開く、呼吸が荒くなって唾液の粘度が深まる、じゅるる、口の端から涎が溢れる。


違和感がある、食欲がここまで増大している違和感、そいつはまだこっちに気付いてない、おバカな餌だな、あああ、頭が痛い、これは精神の異常では無い、何かが俺の内で暴れている、それが衝動となって俺を操っている。


「なんだ、なんだこれ」


『精神は安定したけどコレは………勇魔の仕業?使徒に細工を?………キョウっ、これは使徒でも勇魔でも無い貴方自身のっ』


アク―――。


部下子―――。


知らない顔が浮かぶ、誰だ、誰だこいつ等――――いや、今、名前を言ったじゃないかっ。


餌を目の前にして俺は何を見ている?キョウの声が遠くで聞こえる、俺自身の声、そもそも俺の声って何だっけ?最初からこんな声だったか?俺が俺でいる理由は何だ?最初の俺ってどんな奴だったっけ??


ゴーレム使いを食べて失敗作のシスターを復活させて食べる、そうしたらまた俺は変化するのか?そうやって純度を薄めて俺は何になる??最初に一部にしたのは誰だったのか、そんな事すらもわからない。


「あ」


『キョウっ』


意識が――――途切れる、今までに無い不可思議な感覚に俺は全てを奪われる、自分自身であるキョウの言葉さえ聞こえない程に。


駄目だ、このままだと。


「あ、あ、あの、も、もしかしてお困りですか?」


ゴーレム使いの接近にすら気付かない、そしてその泣きそうな声に疑問が―――俺を殺そうとしたよな?


ちが、うのか―――暗闇に意識が沈んだ。

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