第139話・『もういい潰せ、女の子の頭部は柘榴』

口の中で転がす、部下子、アク、馴染むような馴染まないようなそんな名前、どうしてかニヤけてしまうな、これはどのような感情なのだろうか?


冷静に分析出来ない、ああ、そうか、これはグロリアに対する感情と同じだ、その名前を呟くだけで幸せになれるし充実する、満たされていると実感出来る。


取り戻したい、過去の記憶を取り戻したい、その為にはエルフライダーの能力をコントロールしなければならない、ああ、そうか、そこで閃いてしまう、思い付く。


「まさか、な」


エルフライダーの能力はエルフを餌として取り込み自分の血肉にする、その経験も魂も俺のモノになりやがて他者だった時の記憶が曖昧になる、そこまではわかっている、理解している。


問題はエルフ以外の存在を取り込んだ場合だ、精神は壊れ記憶は歪み自己を失う、狂った思考に支配されて他者を捕食する事しか考えられなくなる、そう、失われる記憶の大きさは前述のものより遥かに酷い。


だとしたら田舎で暮らしていたあの日々の前に他者を取り込んでいたら、それがエルフで無かったら、俺は最初から何かを得て何かを失っていたのか?


「知りたい、過去を」


炎水と対峙している敵は素早くて狡賢い、搦め手ばかりで見ていて楽しい、しかし無駄だ、炎水はシスターの能力に加えて使徒の無色器官を持っている、それを展開している限り相手に勝ち目は無いぜ、少しずつ体力を削れている。


視線は一つでは無い、この戦いを鑑賞している者達がいる、ふふふ、炎水の具現化は一瞬だったし何が起こったか理解出来ないだろう?なるべく残忍に残酷に見せしめとして殺せと命令してある、グロリアの方はどうなんだろう?


この街に滞在した事があるのなら同じ状況を経験しているはず、グロリアには勝てないから俺に刺客を放ったと?舐められたものだと苦笑する、個性豊かな多くの突出した一部に魔王軍の元幹部に勇魔の使徒、それが俺って存在、俺って個体。


「しかし何だ、あの格好」


「キョウ様を不快にさせるウジ虫はウジ虫なだけあってしつこいです」


『――――――――――――――――』


「炎水、血を沢山出させて殺せ、傷口は浅く多くだ、その方が恐怖を植え付けられる」


「ご命令のままに」


壁に背を預けながら欠伸を噛み殺す、敵の格好は独特だ、体全体をすっぽり覆う黒系の布の形をした服は異国感たっぷりで見ていて飽きないな、全身を隠すぐらいの大きい丈の半円の布で前が下まで開くようになっているっぽい。


出血した箇所から肌が見えている、血が溢れる度に周囲の気配に動揺が走る………あは、俺の血を吸いたいだと?だったら俺の教育係を倒してからにしろよ?顔の部分は両目の部分から白い長方形のヴェールで覆っているのだがそこにも赤いモノが滲む。


「シスター二人を相手に大興奮かな?残念、血を吸われるのはテメェだ、バーカ」


「このような下等な生物の血を吸われる必要はありません、私の血を吸って下さい」


「そいつを殺したら吸ってやるよ、喉がカラカラなんだ」


「は、はい、はいぃい」


炎水の美しい髪が闇夜に舞う、髪の色は深藍(ふかあい)だ、藍染(あいぞめ)で黒色に近い程に濃く染める事でその色合いが完成される、濃く深く暗い青色、シスターの髪の色は派手な色合いのモノが多いような気がする、神の威光を伝える為にそのようにしているのだろう。


俺と変わら無い存在になりつつある神か?苦笑する、しかし炎水の髪色は違う、地味な色合いの深藍の髪だ、藍染めをする際に藍を搗(かつ)のだが搗とは丁寧に染めた布を地面の上に広げて何度も叩く作業の事を指す………俺も親戚の手伝いで何度もした事があるが大変な重労働で非常に疲れた記憶がある。


暗い思い出が炎水のお陰で美しい思い出に変わる、こいつの髪色は俺やグロリアと比較すれば地味だが美しいのだ、褐色(かちいろ)とも呼ばれるこの色は質素だが美しい、質実剛健を好んだ古代では多くの騎士がこの色を好んだと聞く、ドジを連発する炎水だが何処か包容力のようなモノを感じてしまうのはコレが原因だろうか?


「殺せ、殺せー」


「はぁはぁ、ご命令、私だけのご命令、私だけのキョウ様の声ェ、ああ、何て可愛らしい声、この声を耳の奥に閉じ込めて耳を切り落としてしまいたい」


「後で切り落としてやるよ、美人になるぞぉ」


「ああっぁ」


イチャイチャ、敵の事なんて気にしないでイチャイチャする、俺の言葉を聞いて歓喜に打ち震える炎水、その腕が宙に円を描く、すると敵の体に裂け目が入り血が飛び出る、奏者のように鮮やかな手付きで相手を弄ぶ炎水、何て可愛い一部なんだろうか。


夜の世界で一方的に虐められるのはどんな気持ちなのだろうか?敵の獲物は短刀だな、怪しく光るソレが鼻孔をくすぐる、恐らく毒を塗っているのだろうが無色器官で全身を覆った炎水にはまったくの無意味、そいつを倒せるのは同じ使徒か俺ぐらいだな。


使徒も俺もここにいる、勝利は無い、炎水の服装は闇夜に溶ける黒、相手も同じだが敵の粗末なものと比較して炎水の服は一目でわかる高級品、胸の幅の肩から肩までの外側で着る独特の修道服はグロリアや俺や他のシスターの物と同じ、しかし生地の色は黒羽色。


普通の黒色よりも光沢があり艶のある色合いで見ただけで高級なモノだと理解出来る、その高級色を見事に着こなしている炎水、その小さな体が鮮やかに敵を翻弄している、無色器官で攻撃されているのが理解出来ないだろ?見れない、触れられない、質量も無い。


『――――――――――――――ぐぁ』


「そいつ女か、鳴き声が可愛いな、もっと鳴かせろ、もっと聞かせろ、わかるだろ炎水?」


「はい♪お言葉のままに」


『――――っあ、ば、ばけ』


「キョウ様の声が聞こえないでしょう、クズが」


特徴的な髪型をした炎水、で太めに編んだ髪を編み目に下から上に手櫛を入れたような仕上がり、柔らかそうなフワフワの三つ編みをしている、その三つ編みが腕の動きに合わせて宙に孤を描く。


何度も丁寧にほぐしたのか三つ編みなのにルーズな雰囲気が漂っている、それを左肩に流していて年齢を感じさせない色っぽさ、血に濡れようと狂信に支配されようとそれは変わら無い、何一つ変わら無い。


「聞け」


「あ」


「殺して首を掲げろ、動揺した気配の奴らから順々に殺せ、なぁに、逃げられないように結界は展開済みだ、上手に死体を演出出来たらキスしちゃる」


「――――――――――――っ」


鼻血を出しながら動揺する炎水、ほら、そこにシスターの血があるぞ?舐めろよ、舐めろよ、でもこいつの血の一滴まで俺のモノだからあげなーい。


ふは、さて、出来損ないのシスターの情報を聞き出すかね?


「もういい、潰せ」


「御意」


柘榴のように弾けた頭部を見詰めながら俺は薄く笑った。

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